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競争からの逃走

 その事件と期を同じくするように、実は父が職場で支給される筆記具が鉛筆から別のものに変わったのである。シャープペンの芯が鉛筆と同じ太さの芯になったようなプロ用の筆記具で、芯を繰り出して専用の芯削り器で先を尖がらして使う。で、その芯は例の頭が丸い鉛筆と同じブランドのものだった。父から下げ渡されて、私もこれを使うようになり、そもそも鉛筆に関するものだった校則から逃れたのだ。

 それでも先生は、「シャープペンは禁止のはずだが」などといちゃもんをつけてきたが、「これはシャープペンではありません」と強弁して振り切った。それでも折々に、その筆記具が目に入ると不快そうな顔をしたりもしていたが、それもじきに飽きたのか、完全に放置されるようになった。

 一方の私は、何しろ快適だった。その筆記具がよくできていたこともあるのだが、「競争の外に身を置く」ことがこれほど心地いいものとは思わなかった。ちょっと自分がシフトすることでそれが実現できる。それは、幼い自分にとって世紀の大発見だった。

 周囲では、新校則ができてもよくわからない競争というか、見栄の張り合いというか、そんなものが続いていた。先の丸い鉛筆禁止の直後は、そんな高級鉛筆を1ダース買うとおまけで付いてくる消しゴムを、それみよがしに使うことが流行った。「学校では禁止だから持って来ないけど、家では買って使ってるもんねー、この消しゴムがその証拠」と主張しているわけだ。そこにさまざまな色や形の消しゴムが参入し、匂い付き消しゴムも後発ながら登場、挙句の果てに画家などが使う練り消しゴムを持ってくるやつまででてきて、何だかよくわからない状況で消しゴム競争は終結した。

 その後、競争は本家の鉛筆にもどり、人気マンガのキャラクター入りで差異化をはかったり、おみやげでもらった外国製の鉛筆でオンリーワンを唱えたり、まあいろいろな競争軸で熾烈な鍔迫り合いがあったようだ。

 でも、そんなことも私には関係ない。そんな状況が、当時はそんな言葉もなかったけど「ブルーオーシャン」というものなのかと、今さらながらに思い返しているわけである。