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 訴訟に当たり中村修二氏は,「技術者は会社の奴隷ではない」と言い続けてきた。和解せざるを得なかったことに同氏は苦渋の表情を浮かべるが,日本の社会はこの訴訟から多くのことを学び取ったといえるだろう。まず,技術進歩の背景には,個人の技術者の存在があることを社会は再認識した。これによって,技術者の社会的地位が相対的に少しでも高まったと思いたいところだ。そしてもう一つは,この事件を受けて2005年4月に特許法が改正された。「相当の対価」を巡り,会社側と従業員側が協議を必要とする。つまり会社のルールを一方的に従業員に押し付けるわけではなく,従業員側にも権利を主張する機会が与えられた。これを契機に,会社と技術者の双方が発明と知的財産権の意味をあらためて考え直せば,健全な道が見いだせるはずである。本来,会社と従業員は対立し合うものではなく,同じ事業目的を持っているはずなのだから。

こちら側の電子産業,あちら側のGoogle

 当時のアンケート結果で上位30傑に見当たらない会社で,もし現在,同様の調査を実施したとしたら確実に上位に名を連ねるであろう会社といえば,それは米Google社だ。1998年に創立されたGoogle社は,2006年に時価総額でIntel社を追い抜き,ハイテク業界2位にまで急成長した。今や,ハイテク業界1位であるMicrosoft社に迫るのがいつかが話題になるほどの期待の新星である。


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 そのGoogle社をインターネット広告の会社と見てはいけない。新たなコンピューティング・パラダイムを生み出す技術会社と見るのが正しい。同社は,ハイテク業界が不振だった2003年ころ,シリコンバレーを中心に世界の研究者を雇い入れた。現在,5000人以上の従業員がいるが,その多くが博士号を持った技術者だという。インターネット上に誕生した新たな技術会社のことを,『ウェブ進化論』の著者であり,コンサルタントとして有名な梅田望夫氏は「あちら側の会社」と表現する。そして,「モノづくり」を生業とする製造業を「こちら側の会社」と呼んで,その両者は決して分かり合えないと言い切る。

 実はソニーも,冒頭の出井体制の下,「あちら側」に渡ることを夢見ていた。Microsoft社も,インターネットを軽視していたわけではない。それでも結果的に,既存の産業からはGoogle社が誕生しなかった。Google社が浮上したのは,ベンチャー企業への期待感が薄れていた時期だった。産業規模が大きくなり,技術が複雑化したことから,小さなベンチャー企業では世の中を変えられないと思われていた時代観をGoogle社は覆したのである。逆にいえば,Google社がすべてではない。新しい企業とテクノロジーが生まれる余地が十分にあるエレクトロニクス業界は,決して成熟しきっていない。未来は明るい。

浅見 直樹

本記事は,2006年7月に発行した日経エレクトロニクス創刊35周年特別編集版「電子産業35年の軌跡」から転載しました。内容は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります

―― 【次回】2000年:プレイステーション2 ――