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 これにより,従来の,会社が規則を一方的に定めて積極的に開示しないまま運用するという従業員にとってアンフェアな慣行が是正され,個である従業員が自己責任の下,会社と対等の立場で交渉しなければならない時代が到来した。

 ある大手メーカーでは,職務発明規定のインセンティブを含む全面的な設計見直しを行い,何十回もの説明会を各地で開催することにより,全従業員に対して新制度の十分な理解を図った。職務発明にかかわるリスクが会社経営に大きな影響を与えるという認識がトップに芽生えたためである。

過去分は依然,脅威が残る

 しかしながら,この改正により,すべての職務発明問題が解決したわけではない。

 新特許法第35条は,効力が施行前にさかのぼるものではないために,同条の発効前の発明に対しては依然として会社のリスクが存在している。これまでの職務発明訴訟を見直すと,従業員の立場を維持しながら会社を提訴するケースは少なく,これからも考え難い。しかしリタイア組については,常に会社は訴訟リスクにさらされていると認識しておく必要がある。

 特に昨今は団塊の世代の人たちがリタイアし始める時期でもある。これまでの職務発明訴訟を見ると,会社における処遇の不満感が原因となって生じるケースが非常に多い。極端に言って社長まで上り詰めない限り,どんな者にも会社に対する不満は残る可能性がある。職務発明訴訟によって会社経営に影響が出てくれば,企業の国際競争力が落ちることは間違いない。リスク・マネジメント上,新法発効前の職務発明のケアを怠ってはならない。

CIPOが出現する日も近い

 一連の職務発明問題を契機に,企業の知的財産部門と経営との距離が近くなってきている。これまでは訴額の高い訴訟案件に限られていたが,日常的に知的財産部門の見解が経営に対して発信されるケースが増えている。まさに今は,大型の職務発明訴訟や職務発明制度の改正を通じて,会社が有形資産経営から無形資産経営にシフトしようとしている過渡期にある。

 キッカケは職務発明問題であるが,無形資産経営を志向していく上で,知的財産の視点からの戦略が欠かせなくなっている。米国企業でいうCEO,COO,CFOといった執行役の一角に,日本においてもCIPO(Chief Intellectual Property Officer)が出現する日もそう遠くはない。むしろ急務である。既に韓国Samsung Electronics社は,2005年にCPO(Chief Patent Officer)を設置した。

久保田 茂夫,山口 健
参考文献
1) 例えば,日経BP知財Awareness,職務発明関連記事,http://chizai.nikkeibp.co.jp/chizai/idx/shokumu.html
2) 浅川,「発明の対価を巡る協議で会社と技術者に不協和音」,『日経エレクトロニクス』,2005年3月28日号,no.896,pp.38-39.