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 デザイン系のメディアにお勤めとおぼしきこのジャーナリストも、さぞやガッカリしたことだろう。でも、この世に多く存在する成功は、実は「天然」ともいえる説明不能な無自覚の思いつきや、当たり前すぎる理由によって成り立っているのではないかと思う。

 それでも多くの記事では、成功の理由がもっともらしく戦略や方法論に落とし込んで説明されている。第三者がそのように分析することもあるけれど、かなりのケースで、成功者がそのように自己分析してみせているのである。それが実に盲点をついたことがらで、巧緻なものながらも意外に模倣可能にみえたりすると、ジャーナリストは大喜びであろう。「もらった」ということで、胸を張ってそれを読者に披露することになる。この秘訣さえつかめば、他の人も同じく成功者になれますよ、と。

カリスマ経営者の末路

 しかし、世の中にそんなうまい話はない。いやあるのかもしれないけれど、決して多くはないだろう。そのことを、私たちメディアに身を置く人たちは、実体験を通じてイヤと言うほど知らされているはずなのだ。

 かつて日経ビズテックという技術経営雑誌をやっていたころに、編集部内で「ビズテックの呪い」などという言葉が流行ったことがあった。雑誌では多くの規範とすべき成功者にご登場いただき、そのエッセンスを述べていただいたりしていたのだが、しばらくするとある方は失脚し、ある方は自身が経営する企業が不振に陥ったりと、次々に不幸なことが起きてしまうのである。これは何かの祟りかと、みな疑った。

 しかし、その後に別の経営情報メディアに身を置くことになり、それが決して珍しくないことを知るに至る。数年前に急成長を成し遂げた「お手本」として登場していた企業や経営者の多くが、その後に大きく評価を変えてしまうということが日常茶飯事のように起きていたのである。「長期的視野でみれば決して間違ったことをしていたわけではないのに」と残念に思う場合もあるが、「何だ、そんなカラクリだったのか」と陰の部分を改めて思い知らされることもけっこうある。近年、企業の不祥事や破綻などで多くの経営者がテレビに登場し、深々と頭を下げるシーンを何度もみた。そんな企業のいくつかは、つい最近まで優良企業ともてはやされ、その経営者は卓越した手腕の持ち主として多くのメディアに登場していたりしたのである。

 例えば某マンション・デベロッパはその価格競争力で業績をぐんぐん伸ばし、その経営者は「コスト削減の達人」として多くのメディアに登場していた(日経ビズテックには登場しておりません。念のため)。彼の説く方法論は説得力をもって読者の共感を得ていたりもした。しかし、事件が発覚して分かったことは、価格競争力の源泉は、「コスト削減手法」ではなく「違法行為」にあったということだ。