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 はじめまして。ルーシー・クラフトです。ひょっとしたら、ご無沙汰しております、かな。2年にわたり、別のサイトで「反リーダーシップ論」のコラムを連載しておりましたが、年も改まり、新たな連載に挑もうかと思っている次第です。日本にはや20年以上も滞在しているアメリカ人の女性ジャーナリストという、ちょっと変わった立場にあるものとして、ちょっと変わった視点からさまざまなことを論じていきたいと思っております。

 最近、興味をひかれているものに最先端の冷凍庫、そして食料問題、さらには臓器移植というものがあります。「何だ、てんでバラバラじゃないか」と思われるかもしれません。でも、何の関連もないかといえば、そうでもないのです。それに気付いたのは、千葉県在住の社長兼発明家に最近お会いし、ある技術についてお話をうかがってからでした。

 でも、千葉の話にいく前に、ちょっと母国の方に目を向けてみましょう。

 冷凍・冷蔵という概念は近世になってからのものだと思い込んでいましたが、意外に歴史が長いのですね。数百年前から、世界各地域の先住民が肉などを冷凍することを保存法として身に付けていたのだそうです。たとえば、食料を蔵や地下に埋めて。こうした方法に一大転換をもたらしたのが、アメリカ人の発明家、クラーレンス・バーズアイです。経済的に恵まれない大家族の家庭に生まれた彼には、大学で理学や工学について学ぶなどという余裕はありませんでした。けれど、一言でいえば変人だったんですね。猛烈な熱意と旺盛このうえない好奇心を持ち、それをエネルギーとして数々の画期的な技術を生み出していきました。

 私のようなベビーブーマーのアメリカ人なら、誰もが知っているブランドが、彼の名と同じ「バーズアイ」です。昭和真っ只中の日本はちょっと違ったかもしれませんが、われわれが幼いころの典型的な食事は、加工食品ベースのものでした。このような「コンビニエンス食品」こそが、主婦を開放するカギだということが広く宣伝されていたものです。家庭で最も人気のあるオカズはすべて缶詰になり、そのまま食べられるようになっていました。もう一つ、この時代の「食卓の主人公」ともいえる存在だったのが冷凍食品で、その代表的ブランドがバーズアイでした。その名前通り、鳥のマークを使ったもので、冷凍食品を使う家庭でしたら、たぶん100%の普及率だったでしょう。

 バーズアイは、グリーンピースやコーン、サイコロ状にカットしたニンジンなど、典型的なアメリカ料理に利用されている野菜を供給しました。けれど、バーズアイ本人は「ゲテモノ食い」だったようです。幼いころから狩猟が趣味で、生き物ならほとんど何でもおいしく食べられるという人物でした。