PR

戦慄の奥田発言

 さらに怖いものがある。スポンサー、広告主だ。

 昨年11月には、トヨタ自動車相談役の奥田碩氏がある会合で「マスコミに報復してやろうか」という発言をされたとの報道が流れ、この業界に身を置くものとして少なからぬ衝撃を受けた。ニュースによれば、政府の「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」の座長でもある同氏は首相官邸で開かれた会合で、厚労省に関するテレビなどの報道について「朝から晩まで年金や保険のことで厚労省たたきをやっている。あれだけたたかれるのは異常な話。正直言ってマスコミに報復してやろうか。スポンサーでも降りてやろうかと」と発言した、というのがそのニュースの内容だった。

 改めて言うまでもないかもしれないが、雑誌は、読者の方々からいただく販売収入とスポンサー(多くの場合は企業)からいただく広告収入で成り立っている。多くの大部数媒体では後者の比率が高く、無料配布の雑誌では民放のテレビ番組のごとく広告収入ですべてのコストをまかなっている。つまり、ビジネスモデルからしてスポンサーを不快にさせるような内容の記事を書くことは非常に怖い、という構造になっているのである。

 まだある。取材させていただけるから私たちはジャーナリストとして活動できるわけで、その取材先から嫌われるのは、やはり怖い。狭い業界に足場を置く専門雑誌などではなおさらだ。

「最低の記事」という評価

 前に挙げた、たった2ページの記事が今でも忘れられないのは、この思いを現実に味わったからでもある。先の書評記事で俎上に上がった新刊書の著者は直野典彦氏。執筆当時は野村総合研究所のアナリストであったがその後に転職、ラムバスの日本法人の社長も務められ、現在はIT系ベンチャー企業などを経営しておられる。

 その彼と出会ったのは、1994年のこと。この顛末については以前にこのコラムに書いたことがあるので詳細は省くが、日経エレクトロニクスの記者であった私は、その少し前から「液晶パネルの価格が近い将来、大暴落するのでは」との疑念を抱くようになっていた。けれど、業界内外のどこを取材してもそのような話は出てこない。誰もが「そんなことはあり得ない」と笑うのである。こうして、自分の仮説にようやく疑問を抱きはじめたころ直野氏に出会った。彼の分析結果は、まったく同じ現象を予測するものだった。