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GSM方式の中国導入に学ぶこと

 「内圧」をうまく使いこなして差異化も組み込んだ例として立本氏が挙げたのが,欧州メーカーがGSM方式の移動通信システムを中国に導入した際の戦略である。その戦略とは,システム全体をよく知っている統合型企業だからこそ国際標準化を主導でき,それをテコにしてグローバルに市場拡大を図ると共に,標準化の中にオープンな部分と開発企業が有利になるようなクローズドな部分を作りこむ――というものだ。欧州と同様に統合型企業が多い日本の製造業に学ぶべきことは多そうだ。

 立本氏は,欧州サイドがどのように「内圧」のメカニズムを組み込んだのかを具体的に語った(このあたりは立本氏の論文に詳しい)。まずポイントとなったのは,1990年代初めに欧州企業がGSM方式の移動通信システムを,中国では2番手の電気通信事業者である中国聯通に売り込んだ点だという。1番手は中国移動(当時の郵電部)だが,1番手なりの伝統と技術的な蓄積があるために,外部技術の導入には抵抗がある。しかも標準化されていては,自ら持っている差異化の源泉としての技術蓄積やサプライヤーとの独自のネットワークが意味のないものになってしまう。それに対して,中国聯通は技術的な蓄積がないために,いや,ないからこそ,国際標準化された方式を採用することによって,比較的容易にしかも短期間でキャッチアップできることがメリットになる。

 しかも,GSM方式はこれまでの方式に比べて,標準化された領域が多いために,それに基づいた部品や装置を提供するメーカーがグローバルレベルで多く存在する。技術力の面でもコスト面でも有利になるため,ライバルメーカーが追随してくる。実際,中国聯通がGSM方式を導入したのが1994年だが,そのわずか1年後には中国移動が導入を決定した。中国移動はアナログ方式(TACS方式)の移動通信サービスを提供していたが,ライバルメーカーがより競争力の高い方式を導入したのに刺激されて,追随することにしたのである。このように,中国内部でライバルメーカー同士の競争をあおりながら,導入せざるをえないようにもって行くのが,「内圧」のメカニズムの真骨頂と言えそうだ。

 大切なことは,「内圧」の圧力を大きくした原動力は,通信事業者というよりは,そのユーザーである消費者達であったということだ。ローカルメーカーの独自技術が成熟するのを待っていたら,サービスの普及には時間がかかる。実際,GSMのサービスが欧州で始まったのが1992年だが,そのわずか2年後に中国でもサービスを開始できた。

標準規格が水平分業化を推進

 その後,1999年の中国政府による国内産業支援政策をきっかけに,中国企業が続々と参入し,2003年には中国企業のシェアが外国企業のシェアを上回るほどになった。この国内産業支援策は,外資系メーカーに対しては生産の60%を輸出すること,部品の60%以上を中国国内で調達すること,中国企業の研究開発には補助金が与えられるといった,露骨な自国企業優遇策であったが(丸川知雄著『現代中国の産業』,中公新書,2007年,108ページ参照),背景には,採用したGSM方式では携帯端末に詳細な標準規格が策定されていたので,モジュール化と水平分業化が進んで,新規参入のハードルが一気に下がったという事情があった。