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 菱備製作所(現リョービ)向けに造った1200tのダイカストマシンとほぼ同時期に,1500tの油圧プレス機の注文が決まった。顧客は広島県呉市にあった中国工業だ。これも彦由耕二君と川口東白君のコンビの仕事だった。そのころ,油圧プレス機の関係者は早く注文を取って実績を付けようと,何十件と見積もりを出すものの,一つも注文が決まらずに焦っていた。

 見積積算係は,実績のない仕事なので安全を見て,どうしても重量(質量)t当たりの単価を高く見積もり,その結果,顧客に提出する価格は常に競合他社よりも高くなっていた。これでは注文が取れるわけがない。

 業を煮やした営業の彦由君は,客先から注文が取れそうな価格を聞き出してくると,設計の川口君にこう要求した。「本当の製品の設計重量ではなく,その価格になる重量の見積積算重量表を作れ」と。川口君は責任者の私が米国出張でいないのをこれ幸いと,わざと重量を忘れ,より軽い見積積算重量表を見積積算係に出した。そして,見積積算係はその重量に見合う価格をはじき出した。それが先の受注に結び付いたのだ。

 そんなことはつゆも知らない私は,米国から帰国して計画設計をしてみると,見積重量が130tと書かれているのに,実際の製品の重量はどうしても180tになる。50tもオーバーしているのである。すぐさま川口君に問いただすと,彼は「バレたか」と言って頭をかいていた。

 しかし,これも実績のない新規部門に所属する若い社員が注文欲しさにやったこと。彼らだけを責めるわけにはいかない。要は,重量が大きくなっても安く出来て,利益が出ればよいのだろうと考え方を変えて設計した。

 当時の宇部興産の機械部門であった宇部鉄工所の電気炉は小さく,大きな鋳鋼製プラテンは大手に外注しなければならなかった。そこで,ギリギリまで薄肉にした図面をこしらえた。「この肉厚では鋳造が難しいのではないですか?」と川口君は言うが,私は「鋳造する時は少し厚肉となり,重量も大きくて十分な強度のものとなるだろう。しかし,見積もってもらう価格はあくまでも計算重量が基準だ」と言って,プラテンを軽くして見積もりを取って発注した。

 時は,ちょうど景気の低迷期だったこともあり,予定よりも安く発注できた。次に高いのは鋳鋼製のコラムである。さて,どうしようかと思って宇部鉄工所の鍛造工場の近くに行くと,赤さびに覆われた大きなコラムが転がっていた。第二次世界大戦の時に造りかけた2000t鍛造プレス機用のコラムだ。「よし,これを使おう」。こうして,残り2本だけを外注として予算を浮かした。