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承前


写真3 ケンブリッジ・サイエンス・パーク

モットの先見

 ケンブリッジ大学は、1970年代から産業との連携を強めた。その発端は、第6代キャベンディッシュ・プロフェッサー(Cavendish Professor)のサー・ネビル・モット(Sir Nevill Mott)が1969年にまとめあげたモット報告にある。このモット報告は、それまで雇用を抑制してきた政策を転換させて、大学と産業界とが連携して科学産業(Science-based industry)の立地を促進させること、つまり大学がもっと産業社会とかかわるべきであることを説いた。

 キャベンディッシュ・プロフェッサーとは、ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所(物理学科)筆頭教授のことだ。電磁気学の祖ジェームス・マックスウェル(James C. Maxwell)が1871年に第1代に就任して以来、ケンブリッジ大学の最重鎮として物理学研究の方向性をさししめす役割を担ってきた。第2代のロード・レイリー(Lord Rayleigh)から第6代のモットまで、キャベンディッシュ・プロフェッサーはノーベル物理学賞を受賞している。特にモットは、日本にも数多くの弟子や孫弟子を輩出し、日本の半導体物理学の祖を創ったといっても過言ではない。

 そしてこのモット報告。当時、日本では産学連携などと言い出そうものなら大学からも学生からも総スカンを食らう時代だったことを思うと、その先見性はきわめて高く、10年後にケンブリッジでおきるダイナミズムを正確に見通していた。

 この報告を受けて、1970年にトリニティ・コレッジがその所有地に11ヘクタールのサイエンス・パーク(写真3)の建設を開始する。