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 前者のエイコーン社は、ケンブリッジ現象のうちもっとも波乱万丈の運命を辿った会社で、オリベッティやAT&Tに食われるたびに、そこから飛び出して起業する若者たちを生み出していった。そこで、これを世代交代型あるいは肉食獣型と呼ぶことにしよう。その系譜を伝説にまで高めたのが、エイコーン社を創業したハーマン・ハウザー(Hermann Hauser)である。一方、後者のPA社は、1960年創業のケンブリッジ・コンサルタント(CCL, Cambridge Consultants Ltd.)に出自をもつ会社で、事業創造コンサルタントの流れを汲む。元の会社が新会社を子会社として抱えるパターンが多いので、これを暖簾のれん分け型あるいは樹木型と呼ぶことにしよう。ただし、暖簾分けといってもMBO(Management-By-Out)の例はない。

 後者については、本連載の後半でふたたび取り上げることにして、まずは前者のエイコーン社とその創業者のハウザーがどのようにして数奇な運命を辿ったか、その物語をつづりたい。

 ハウザーは、1948年にウィーンで生まれる。ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所で物理学の博士号を取った後、シンクレア社(Sinclair)エンジニアのクリス・カリー(Chris Curry)とともに、1978年3月にCPU(Cambridge Processing Unit)社を創業。同年12月、二人はアンディー・ホッパー(Andy Hopper, 現ケンブリッジ大学教授・コンピュータ研究所長)を加えて、エイコーン社を創業する。CPU社を開発・持ち株会社に変容させながら、エイコーン社は、ほどなく家庭用コンピュータのAtomを販売する。

 これをきっかけにBBC(British Broadcasting Corporation)との提携に成功し、1982年に教育用コンピュータBBC Microを発売して大人気を博した。その結果、エイコーン社の利益は1983年に860万ポンドに達したので、同年ハウザーとカリーはCPU社を売却。それぞれ6400万ポンド、5100万ポンドを手にした。このBBC Microは、1984年にはQueen's Award for Technologyを受賞している。