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 企業における研究もまた土壌の下にあって経営者から見えないところに、企業研究の「自己矛盾性」の源がある。そのため、青色発光デバイスにおける松岡隆志のように2)、みずからパラダイム破壊をなしてブレークスルーを起こせる立場にいながら研究中止命令を浴びてそのイノベーション・プロセスから消えてしまうという不幸が常につきまとう。ところが、ブレークスルーに連なるイノベーションは、常にこの土壌の下で行なわれる営為が本質的なのである。過去の歴史によれば、成功したブレークスルー・イノベーションは、土壌の下の営みで生まれた暗黙知を、リスク・チャレンジャーとしての経営者が共鳴的に共有できた場合にのみ成就してきた。

ブレークスルーはパラダイム破壊型イノベーション

 以上述べてきたことを、イノベーション・ダイヤグラムで表現しておこう。

 図4において、すべての技術革新は、ともあれ既存技術A(つまり価値づけられた知識)から出発する。たとえばもし読者が、ある企業の新製品開発の責任者だったら、このAから出発してどこに進もうとするだろうか。

 いうまでもあるまい。当然、さらに付加価値を与える方向、つまり「上方向のベクトル」(A→A’)であろう。企業は付加価値の創造によってのみ持続可能だからだ。これを、「パラダイム持続型イノベーション」と呼ぶことにする。

【図4 パラダイム破壊型イノベーションとパラダイム持続型イノベーション】 パラダイム破壊型イノベーション(ブレークスルー)にとっては、赤く表現したA→Sの決断が本質的。目利き力の第1のパターン。
図4 パラダイム破壊型イノベーションとパラダイム持続型イノベーション
パラダイム破壊型イノベーション(ブレークスルー)にとっては、赤く表現したA→Sの決断が本質的。目利き力の第1のパターン。
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 ところが、樹木が成長しやがて寿命が尽きて枯れてしまうのと同様に、上方向に進む営みはいずれ行き詰る。しかし樹木の命が尽きたとしても、もしも土壌が豊かであれば、繁茂する根が土壌を耕し、新しい芽を土壌の上に生み出すだろう。それと同様に図4において、既存の技術Aから改善技術A’ に上がるのではなく、いったんAを成立させている「知」Sに下りる(図4の赤い線)。そして思いもよらない方向に向かって「知の創造」を走らせる。その結果、誰も気づかなかった新しい知Pが見出されるとき、このA→S→P→A*というプロセスは、ブレークスルーをもたらす。このプロセスを、「パラダイム破壊型イノベーション」と呼ぶことにする。ブレークスルーは「パラダイム破壊型イノベーション」によって初めて達成されることに注意しておこう。

 「パラダイム破壊型イノベーション」が成就するかどうかの鍵は、「知の創造」に実存的欲求を見出す人間と「知の具現化」に実存的欲求を見出す人間とが、その暗黙知を伝達できるようなリアルな場(つまり顔を突き合わせて苦楽を共有できる場)にいて、お互いの人生の目標や実存的欲求のちがいを認め合いながらもその願いを共鳴しあえる状況を創りだせるかどうか、にある。そのような場を「共鳴場」と呼ぶことにする。

 日本の1980年代から90年代初頭にかけての企業研究所群は、企業を超えてまさにそのような「共鳴場」を創りだすことに成功していた。一方、シリコン・バレーはまったくちがう仕組みでこの「共鳴場」を創りだすことに成功した。それぞれ、組織論から見る限りは、まったく異なる組織パターンであるものの、「共鳴場」の観点からみるとその本質は同じものである。さらに、ケンブリッジ現象の本質も「共鳴場」形成に他ならない。前2者とのきわだったちがいは、ケンブリッジ現象では大学が「共鳴場」それ自身の役割を演じているということだ。