技術の「目利き力」=第1のパターン
では、「有機半導体トランジスタによる事業創造」を事例として選んで、ブレークスルーのイノベーション理論を構築してみよう。
図5に、有機物半導体という研究・開発プロセスのイノベーション・ダイヤグラムを描いた。この図から明らかなように、ブレークスルーの端緒は、井口洋夫らによる有機半導体の発見という「知の創造」にある。図のAで表現したポリチオフェンやペンタセンは、そのパラダイムの上に立った上で高電子移動度をもつ物質として用いられたので、「知の具現化」に他ならない。なおイノベーション・ダイヤグラムにおいて、矢印で表現してよいのは、「知の創造」であれ「知の具現化」であれジャンプがあったときに限られる。トランジスタの開発自体はTrivialなので矢印で書くには及ばない。
問題はここからだ。
ゴールは、「自由に曲げられ信頼性の高い極薄膜(紙の厚さかそれ以下)の電子ディスプレイ」の量産(A*)にある。既存技術Aの延長上にそこに至るロードマップを描けるかどうかがポイントだ。言い換えれば、A’ = A* か、それとも A’ ≠A* か、ということだ。
ロードマップを描くということは、あたかも八百屋で野菜を買ってきて料理をするがごとく、要素技術が店先に並べられていることを前提に、それを組み合わせてビジネス・モデルを構築できるということを前提とする。野菜が腐っていたり、まだ「種」だったりする場合にはロードマップが描けないので、A→Sの矢印に進むと判断されるべきだ。たとえば、炭素の2次元単結晶グラフェン(Graphene)は、A→S→Pの1つの候補である。電子の有効質量がゼロであるかのように振る舞うため室温での電子移動度は1万cm2/V sec を超えていて、シリコンの10倍以上。しかも厚さは1nm以下であるため、自由自在に曲げられる。
こうして、ブレークスルーを求めるための技術の「目利き力」とは、既存技術Aを分析しその技術の全体像を俯瞰した上で、コンカレントにA’ = A* か、それとも A’ ≠A* かを判断する能力であるといえる。そしてA’ ≠A*と判断した場合には、A →A’ をやめて、A →S を選ばなければならない。
ゴール設定した技術と既存技術との乖離を正しく評価して「パラダイム破壊型」のプロセスを選ぶことのできる能力。これを、技術の「目利き力」の第1のパターンと呼ぶことにしよう注1)。
注1)「ケンブリッジの変容から学ぶブレークスルーのイノベーション理論」と題して、本連載の内容を4月17日に講演します。詳しくはこちらの「夢を語り実現する研究者になるための若手研究者セミナー」をご覧ください。
参考文献
1)山口栄一,「産業革命をイノベーション論から捉え直す」,Tech-On,2008年.
2)山口栄一「イノベーション破壊と共鳴」,NTT出版,2006年.
―― 次回へ続く ――
同志社大学大学院ビジネス研究科 教授,同大学ITEC副センター長,ケンブリッジ大学クレアホール・客員フェロー
