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 多くの識者が指摘しているのは、この物流、在庫という2大業務の効率改善が「中抜き」「流通機構の簡素化」を加速させる大きな要因だったということだ。人馬や木造船に頼る輸送手段しかなかった江戸時代には、実に高コストかつやっかいだった物流や在庫という仕事は、トラック、冷凍装置、さらにはITを駆使した物流管理システムなどの登場で大幅に効率が上がった。大手の小売店チェーンなどではこうした物流、在庫システムを独自に構築することが可能になり、小規模店舗でもアウトソーシングによって問屋に頼らない物流、在庫システムの利用が可能になっているのである。

問屋の裏機能

 ただ、その二つは問屋の目に見えやすい二大機能であって、すべてではない。例えば、『技のココロ』では、漆器の連載でこんな問屋の機能について触れている。


すなわち、消費者の求めに合致した器をデザインし、それを職人たちの手を借り実際の商品として仕上げ、販売する「問屋」である。例えば輪島ではこの職種を「塗師屋」と呼ぶ。こうした問屋には、ニーズの把握力だけでなく、企画力、さらには工芸品に関する見識や思想といったものが求められる。それがあればこそ、職人達を指導し卓越した商品を生み出すことができるのだ。

 今日的な言葉でいえば、コンセプト立案、マーケティング、アートディレクション、デザインといった職務を問屋は担っていたことになる。大雑把に言えば企画力。これこそが問屋の、目には見えにくいけど相当に重要な機能だったようだ。同じ漆器に関しては、白洲正子さんも著書の中でこんな風に書かれていた。昔、京都に美濃屋という漆器屋があり、その主人はものすごい目利きで、ちょっとでも手を抜けばたちまち見抜いてしまうということで職人から怖れられていた。その一方で、美濃屋の仕事をしているというだけでその職人は腕や信頼性を保証されたようなもので、大変尊敬されてもいたと。

美濃屋のコアコンピタンス

 私もときどき「美濃屋製」と箱書きのある古い漆器を目にすることがあり、センスのいいものばかりだったものだから気になって調べてみたことがある。資料によれば、美濃屋は1772年に創業し、1945年に時代の情勢から家業を閉ざすまで京漆器の優品を製作してきた。その名声は高く、当時の試作品や商品見本などは現在も京都国立博物館に所蔵され、折に触れ展示されているようだ。