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 こりゃいかん、東郷元帥の敵前回頭にならい、面舵いっぱい急速反転して話を本来のテーマに修正しなければ。そんなことで「えー・・・つまりぃ、この不況下に劣勢な状況にあっても本気になれば切り抜けられる事例を紹介しているわけでございます」と切り返す。けど後が続かず、結局は「いまイチ押しの一冊として『坂の上の雲』をお薦めしたいと思います、この歴史小説には不況を乗り切る数々のためになる話が載せられていまして登場する秋山好古、真之兄弟、正岡子規には、本当に教えられるのであります。なんとなれば当時の弱小国日本は10倍の兵力を有するロシア軍に怯まず挑み、兄秋山好古率いる日本騎兵隊は当時世界最強と言われたコサック騎兵団を相手に一歩も引かず、弟真之は東郷元帥の参謀としてこれまた世界最強とうたわれたバルチック艦隊を撃破したのであります。かようにして我々の先輩は・・・」とまたぞろ日露戦争の武勇伝である。

 結局、武勇伝と不況克服ビジネス講義を交互にまぜこぜにして話すという体たらくに終始してしまった。たとえてみれば、日本連合艦隊にボロくそにやられて逃げ惑うロシア艦隊の第一戦艦隊、戦艦スワロフと根性なしの司令長官ロジェストウェンスキー中将と同じであったろう。かろうじて沈没を免れながら、カッコ悪く恥も外聞もかなぐり捨ててひたすら逃げまくり、挙げ句の果てに捕虜となったあのくだりそのものである。

 そうは思うけど、もう止められない。「この歴史小説はその事実を後世に伝えんとする名著なのであります。まず兄、好古においては『軍人の使命は相手をやっつけることと心得たり、質素にして実を貫き勝利するためには余計なことを最小限に節約して主力を最重要ポイント一点に集中する』としたプロとしての姿勢は見事で、かくして劣勢にありながらコサック騎兵相手に互角に渡り合ったのであります。さらに弟、真之においては当時世界トップクラスの戦術書を原書で読破したのち著者を直接訪問して本人から真意を納得するまで確認し、温故知新、村上水軍の戦法から七段構えの攻撃を編み出した秘策立案は現在ビジネスでもそのまま通用する経営戦略ならびに新ビジネス企画提案の虎の巻となるのであります」などと、強引にビジネスにこじつけてみたもの聴衆400人の理解が得られるはずもなく、彼らの開けた口がさらに大きくなった。

 うむむ、ピンチ、これはまさに海戦中盤で東郷が深読みしすぎて艦隊反転運動への指示が裏目に出てしまった状態と同じではないか。「うむむ、壇上から逃げ切れぬ以上はしかたあるまい、坂の上の雲の第八巻に書かれていた『窮鼠猫を噛む作戦』をやるか。土壇場になったら破れかぶれでなんでもいいからやってみるほかはあるまい」と、奇策を実行した。

 「そんなことを考えつつここまで歩いてきたのでありますが、来る途中にスタバがありまして、そこのお客さん方を観察してみるに、客層が変化していることを私は察知したのであります」「これは客層の変換、つまり時代の変化が起きている予兆でして、この変化に気付き、すばやく対応しなければ、ええーっと、たとえてみるとですねぇ、北京かどこか中国の上の方の港に逃げこまれてしまう、一隻でも逃してしまえば日本海の制海権は失われ、わが国は敗北を喫する、あれ?」。何を話し始めても、話はいつの間にか坂の上の雲のクライマックスシーンに戻ってしまう。