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紙を漉き終えると、桁から簀を外して振り向き、背後にある紙床(しと)の上に重ねる。簀を剥がすと、紙だけが紙床の上に残る。

 流し漉きの利点は、揺する動作によって繊維がよく絡まること。楮(こうぞ)などの繊維の長い材料を使うことと相まって、和紙の強靱さを形作る。極めて薄い紙を漉くことができるのも、流し漉きのおかげという。流し漉きでは前後の動きが主で、紙の繊維が縦方向に揃う。このため横に向かっては破れにくい。自分の意見をごり押しすることを「横紙破り」と呼ぶのは、和紙を無理矢理裂くことに掛けた表現である。

 流し漉きは、水に繊維を溶いただけではできない。揺らす間もなく、水が簀から流れて落ちてしまう。そこで、ネリと呼ばれる植物由来の粘液を添加する。粘り気のある液を加えると水がゆっくり滴るようになり、簀の上で繊維を動かす余裕ができるわけだ。

 和紙研究で著名な町田誠之によると、流し漉きの起源は、日本に自生する植物である雁皮(がんぴ)を原料に使った紙漉きにある。粘性の高い物質を含んだ雁皮でつくるといい紙ができることから、紙の材料に粘り気を持たせることに気づいたという。既に平安時代の前半には、流し漉きの手法は確立していたとされる。

 現在、市場に出回る和紙の多くは、既に流し漉きではなくなっている。多くの和紙製造者が自動抄紙機を利用しており、この装置は溜め漉きで紙をつくるからである。実は尾崎家でも、機械を使った紙漉きを試みたことがある。工場で使う抄紙機ではない。一家で買うには高すぎる。尾崎家で試したのは、足でペダルを踏むと桁が液を汲み込み、手で軽く揺らすだけで紙が漉ける機械だったという。

 結果はやはりダメだった。文故が言うには、「楽は楽で、うまく使えば70まで漉ける。素人の人でも簡単に漉ける。けど、繊維がからまっちょらん、ボサボサの紙になる。ウチの紙は手で漉いた方がいい」。人の手による複雑な動きを、一部でさえ機械化するのは困難ということか。

 文故の漉き方は、だいたい決まっているという。まず手前から水を3回汲み込み、次に桁を上下に揺する。このときに繊維が絡むという。その後、水をゆっくり前後に流すのは、出来上がる面を滑らかにする効果があるようだ。「リズムがあるわけ。(最初の動きがないと)流れる水が流れない感じがする」。どうも機械では、繊維を絡ませる最初の動作がうまくいかないらしい。

 尾崎家が機械化を否定しているわけではない。実際、紙を漉く直前の工程では機械を導入している。塵取りをしたあとの白皮を叩いて繊維をほぐす、「打解(だかい)」や「叩解(こうかい)」の工程である。昔は徹底的に人手で叩いていたが、若い男手のない現在の尾崎家では、到底無理な話である。幸い、この工程を機械化しても、出来上がる紙の質に問題はなかったという。