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 できあがった紙の原料やノリは、漉く前に水とともに舟に入れる。その後、木でできた巨大な櫛を水中に入れ、機械で揺さぶってよく混ぜる。さらに、漉き手が竹の棒を差し入れて、念入りにかき回す。漉くときに使う簀は、昔ながらの萱(かや)でできたもの。竹ひごでつくった簀と比べて目が粗い。仕上がった紙にうっすら残る簀の跡が、尾崎家の紙の味である。竹ひごの簀も試してみたが、書道家に不評でやめたという。しかし舟は、以前の木製のものからステンレス製に換えた。

 尾崎家では、紙を漉くのは女性である。かつては宮子と文故の二人。60歳で宮子が引退してしばらくは文故一人だったが、今ではあかりも漉いている。一人2時間ほど漉いて交代する。一日に二人合わせて4~5回漉いて、できあがる紙は120枚ほど。

紙を漉く、あかり。
紙を漉く、あかり。

 漉き終えたあかりが一息入れている。「やっぱり体が痛くなりますね。後でよく背中がつったりします。母さんのように、うまく「つり」を使えていないんですかね」。つりとは、天井にくくりつけた竹から、紐で桁をつり下げたもの。重い桁を女性でも扱いやすくする工夫である。例えば文故の場合は、左手の力が弱いので左のつりが強くなるよう調整する。文故に言わせれば、あかりは力を使いすぎる。「若いころは、力もあるから強く揺すくる。でも、強く揺すくっていい紙になるわけじゃない。ゆっくり、ゆったり。そうしないと長続きせん」。

 二人とも、最初は見よう見まねで紙を漉き始めた。手取り足取り教わるどころか、助言もほとんどなかったという。文故が振り返る。「母が漉くのを見よってやった。母はあんなにしゆうなって。それでも母の揺すり方とはちょっと違う。でも、そんなにこうしろああしろいわんかった」。その母に注意されたことがある。「あんたは向こうが厚くなる」。一枚見てわからない違いも、紙を積み重ねると高さの差になって現れる。文故の漉いた紙は、桁の奥側が厚くなりがちだったという。母の指摘を受けて、文故は揺すり方を変えた。