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 紙漉きは、3~4年続けてようやく形になってくる。家業に入って10年目に入ったあかりは、それでもまだ確信を持てない。尾崎家の紙は同じ厚さに漉くのが基本。「でも私の紙は、30枚漉いたら、10枚はいいけど,10枚が厚すぎ,10枚が薄すぎって感じじゃないかって心配で。確かめたことはないんですけど。最近はよくなってきたかもしれないですが、父に聞いてみないと…」。

 あかりに限らず、紙を同じ厚さに漉くのは、ことのほか難しい技術のようだ。紙を漉いているうちに、舟に入っている材料が減ったり、ノリの効きが弱くなったり、条件が移り変わるからである。文故は、漉いた紙の表面の色や、端の状態、指で押してみたときの様子などで、どのくらいの厚さかを判断するという。色を見る場合には、自然の光と蛍光灯の違いに注意する。こうしたすべてを経験して、体に覚え込ませる。

 一度体が覚えれば、なかなか忘れない。尾崎家では梅雨の間は紙を漉かず、この道40年の文故でも紙漉きを再開するときには、できるかどうか不安がよぎる。しかし、いったん始めてしまえば自然に体が動く。

紙の原料。
紙の原料。
漉いた紙を重ねた紙床。
漉いた紙を重ねた紙床。

 それよりも、心の迷いの方が影響が大きい。文故は言う。「厚いとか薄いとか言われると、気持ちが揺れ動いて調子が悪くなる。自信を持ってやるといいんだけど」。実は、二人で漉くよりも一人で漉いていたときの方が、紙の厚さは安定していたという。漉き方は一人一人で微妙に違い、それが漉き手の感覚に作用するようだ。例えば漉いた紙を紙床(しと)――既に漉いた紙を積み重ねたもの――に置くときの癖が、文故とあかりでは違う。文故は向かって右上の方に押すように、あかりは左上の方に押すように置く。二人で交互に漉いていると、紙床がゆがんでくるらしい。

 「厚さについては、いまでも初心者」と文故は謙遜する。紙漉きとは詰まるところ、終わりのない自分との対話なのかもしれない。