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刀身に自ら配合した焼刃土(やきばつち)を塗っていき、複雑な模様を描く刃文を作る。
刀身に自ら配合した焼刃土(やきばつち)を塗っていき、複雑な模様を描く刃文を作る。

 それ以前の古代刀剣は、正倉院にも納められているような直刀が中心で、刃の断面は切刃造(きりはづくり)、平造(ひらづくり)と呼ばれるV字型になっていている。上下に刃がついている剣をちょうど真ん中から二つに切ったような形状だ。そこに反りや鎬をつけ、さらに複合鍛えの構造を導入するといった改良が平安末期に加えられ、日本刀の原型ができた。

 こうした古い時期に作られた刀のほとんどは太刀(たち)である。刃の長さが二尺(約60cm)以上の長刀で、刃を下にして腰に吊るす。馬上で佩(は)き、戦闘を行なうのに適した形状になっているのである。これに対して刀は、一般に太刀よりやや短く、時代劇に登場する剣客のように刃を上にして腰に差して使う。

図16

 続く鎌倉期は、武家社会の成立によって日本刀の需要が急速に高まった時代である。この後期には、作り手が意図的に刃文に変化をつける「乱れ刃」が多く見られるようになる。この時代に、日本刀は一つの頂点を極め、後世に名を残す名工たちを数多く輩出した。

 有名な正宗(まさむね)もそうである。彼は相州伝(そうしゅうでん)と呼ばれる代表的作刀技法をこの時代に確立させた。同じく代表的技法として備前伝(びぜんでん)と呼ぶものがあるが、こちらの流派では一文字(いちもんじ)や長船(おさふね)の一派が活躍した。このほか、併せて五箇伝(ごかでん)と呼ばれる山城伝(やましろでん)、大和伝(やまとでん)、美濃伝などにおいても多くの名工が登場し、現代刀匠が目標とする存在として、今日でも高い評価を保ち続けている。