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 アポなしで、後任の開発部長が訪ねて来て曰く。「次郎さん、今度の開発、絶対ダメってことが分かったんだが、止められないんだ」。始めのうちは、成功を確信していた開発テーマだったらしいのですが、ライバル会社がそれ以上の新商品を開発し、もう、すぐにも発売するそうな。で、開発の責任者としては、分かり切った負け戦を何とかして止めたいのに、そうはいかない事情がある、そんな相談です。

 「何で止められないのさ?」、そう聞くと、「実は、○○専務の肝いりで…」。なるほど、この開発は、当社のスゴウデ専務のアイデアが発端で、専務の実力がある分だけ、周囲も押し切られたというだけの話。そこで辛口ですが、「ライバル社が先行していたのを知ってたんじゃあしょうがねェ、黙っちまったあんた方も問題てェもんだ」と、思わず教育的指導です。

 売れないのが分かっているのに、このまま開発を進めるなんて、誰が考えてもナンセンス。しかもこの専務、裸の王様状態てェもんです。「誰かが、専務の首に鈴をつけないと…」と、開発部長も大変です。そう言うアタシも、経験があります。お偉いさんが言い出したら、サラリーマンなんて弱いもの。面と向かって「止めましょうヤ」なんて、言えるわけァありません。このまま行ったら絶対失敗、そりゃァ悔しいが、黙っているのがセオリーてェもんです。

 さて、こんなアタシでも、開発の第一線から身を引いた今になって、この話の本質が見えてきたんだから不思議なもんでさァ。要は、止めるルールがないてェ事ですョ。「部長、ルールがないのが問題よ」、そう言うと「そうか、確かに、始めるときは、やれ売り上げ予想だの、やれシェアだの、マーケティングをした。しかし、それが外れた場合の、止めるルールや仕組みがないんだナァ」。ついこの間までのアタシと一緒の開発部長、大きなため息です。

 高度経済成長期を経て、伸び続けてきた日本の経済。ダメなら止める、その習慣がありませんヤネ。どこぞのダムの話も同じようなもの。せっかく始めて、お金も使っているのだから止めては損だ、いや、これ以上コストが掛かるから止める。いずれも、お金の計算しかしちゃいねェって事ですナ。本質は、必要かどうか、要るか要らないか、それが大切てェ事ですよ。あらかじめ、止めるルールをちゃんと決めておけば、そのルールにのっとって、粛々と止めることができるんじゃァないのかねェ。

 「人の場合は、自分で辞めたり、あるいは誰かを辞めさせるなんてェルールや仕組みがゴマンとあるのに、コトを止めるのにはルールがない、おかしいじゃねェか」。段々、部長の口調も乱暴になってきます。確かに、シトの首を切るのはアッサリできるが、コトを止めるのができないてェこと、おかしいと思わなくちゃいけません。

 結論なんてありゃしません。専務自らが「もう止めよう」、それが理想の展開です。専務の首に、誰が鈴を付けるか、しようがねェから飲みながら考えよう、そう言いながら帰り支度をしているそこに、お局の声。「部長ォ、お久し振りィ! アタシも行っていい?」。地獄耳とはこのことか、そんなタイミングで乱入です。「いいともさ」。顔を見合わせ、そう言うしかありませんヤネ。

 さてさて、飲むほどに酔うほどに、アタシ達はノーアイデア。それを、見透かしたかのようにお局様が言いました。「意気地なしねェ、じゃァ、アタシの出番よ。専務を止めてあげるから!」。それが出来れば世話ァない。それも、すっかり忘れて二週間後の事でした…。

 「止めたわよ、次郎さん」。勝ち誇ったような流し目のお局さんです。「えっ、いっ、一体、どうしたんだい?」。いぶかるアタシに「簡単よゥ、例のライバル社の商品を買って、専務に見せてネ、目一杯褒めたのよォ!」。

 ああ、超ウルトラCのどんでん返し!、何という裏技! お、お局、恐るべし…。