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 こうしたコメントを読んで思ったのは、日本市場向け製品の品質を落として中国市場向けの製品を造る、という姿勢が少しでも見えると感情的な拒否感を生む、ということである。確かに、日本市場向けの品質を「落とす」という考え方の背景には、日本を中心または基準とする考え方があるようにも思える。大切なのは、ゼロベースから考えて中国市場向けの適正品質を考えることなのであろう。その結果として、日本向けと中国向けで品質と価格に差が出ても、それは各市場ニーズにあったものだと自然に受け入れられるようになるのが理想かもしれない。

 製品分野で見ると、携帯電話機に関するコメントが多かった。興味深かったのは、中国市場で成功しているメーカーは携帯電話機のブランド構築を他の製品にもつなげており、日本メーカーはそこに失敗したという指摘である。代表的なコメントを一つ紹介する。

■日本メーカーのエレクトロニクス製品が中国で挫折した要因は日本メーカのアキレス腱である携帯電話にある。調査すれば明らかになると思うが、韓国Samsung社のデジカメを購入した女性のほとんどが同社の携帯電話を使っている。彼女らは、Samsung携帯から「Samsung」というブランドを認識し、自ら詳しくない商品(例えばテレビ、カメラ、プリンター)を購入する際に、Samsungブランドを選ぶ傾向がある。携帯電話機はブランドとして消費者をつなぐ最も良い手段なのである。頻繁に買い換えるうえ、買い換えのコストも低くて、ブランドへの影響力が大きい。にもかかわらず、日本メーカーは、この分野で全面的に撤退してしまった(ソニー・エリクソンは英国の製品として考えるべきだ)。このことが、ブランド全体の競争力に影響を与えている。日本メーカーは、携帯電話という一部の市場から撤退したように見えるが、実態はその背後にある大きな市場までも失ったのである。こうした状況について、日本メーカーの中でいち早く気がついたのがシャープだ。高画質な液晶パネルを搭載した携帯電話を消費者に訴求することによって、シャープ製携帯電話のユーザーがテレビを買う際に、もっとシャープの液晶テレビに注目することになるだろう。(後略)

 コラム掲載直後は批判コメントが集中したが、時間が経つにつれ批判コメントに対する反批判も幾つか見られるようになり、議論が巻き起こった感じになった。反批判の代表は次のようなコメントだ。

■この記事には一理ある。中国メーカーは、短期利益のみ追求して長期的な「持続的イノベーション」の目標を持っていない。これが当面最大の問題だ。短期的には効果が出るかもしれないが、長期的に見れば、中核の技術がなければいずれ限界を迎える。ここで(批判)コメントを書き込むほとんどの人はエンジニアあるいは技術関係者だと思うが、まるで「スローガン青年」(注:口先だけで実行が伴わない若者のこと)だ。我が国の技術者が皆このような「憤慨のスローガン青年」になっているのであれば、先行きは暗い。他人の優れたところをなぜ認められないのだろうか。多くの電子機器の基幹部品を造っているのは日本メーカーである。韓国が技術で日本を超えたと言っている人がいるが、果たしてそうだろうか。韓国メーカーの液晶ディスプレイにしても、日本製の装置と材料がなければ生産できないことを知っているのだろうか。

■(前略)一部の過激な中国人が無理矢理に日本人にレッテルを貼り、日本人が固執で、融通がきかないとコメントしている。しかし、この「固執」や「融通がきかない」という特徴があるからこそ、日本のエレクトロニクス産業が世界のトップを走る核心技術を持つようになったとも言える。日本人は、製品の品質を非常に大切にし、製品に含まれている「誠意」を大切にしている。本当に製品を見る目のある人、品質のわかる人は、日本製品の「ゴールド」のような品質と誠意に満足している。