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白隠慧鶴筆『金棒画賛』(輪補三段表装)。
白隠慧鶴筆『金棒画賛』(輪補三段表装)。

 その、本紙と表具を含めた掛軸が、茶道の勃興とともに、その美的、精神的象徴として地位を高めていく。茶の湯の大成者である千利休は、「掛物ほど第一の道具はなし」と言った。茶の湯にはさまざまな茶道具を使うが、そのうち最も重要視すべき道具として真っ先に掛軸を挙げたのである。

 このことは、単に道具として掛軸の存在を高めただけでなく、茶碗や茶杓、茶釜など他の茶道具と同様に、日本独特の美意識である「わびの美」の投影をも求める結果となった。

 その一つとして、本紙の選択がある。利休は、精神性を重んじ、墨蹟、つまり高名な禅僧の手になる書を最も重用した。わびの精神をあらわすものとして、そもそもは鑑賞の対象ではなかった手紙(消息)を掛物に仕立てることが盛んになったのも茶道の影響である。さらには、平安時代やそれに続く鎌倉時代の公家や歌人などが書いた和歌なども、盛んに表装され茶席を飾ることになっていく。

表具は本紙の衣装。本紙にふさわしい裂地を取り合わせる。
表具は本紙の衣装。本紙にふさわしい裂地を取り合わせる。

 こうして、本紙の内容が多岐多分野に及ぶに従い、「それぞれの内容に合った表具」が求められるようになる。作品の周囲に施される裂地(きれじ)や紙を吟味し、そのコ-ディネート、表具の専門用語でいう「取り合わせ」に気を配りつつ、本紙をいかに違和感なく引き立てるかということに心を砕くことになるわけだ。

 その要諦については、例えば江戸中期の公卿、茶人や能書家としても知られる近衛家凞(いえひろ)が墨跡について記した言葉がある。「第一ニ一軸ノ筆者ヲ吟味シテ、此人ハドレホドノ服ヲキルベキ人ゾト工夫シテ、其人相応ノ切ヲツカフコト、是第一ノコト也」と。すなわち、表具ではその作品の筆者をよく知った上で、筆者にふさわしい裂(きれ)、すなわち「衣装」を選びなさいとの教えである。ごく簡単に「その人が着ている、あるいは生前着ていた衣装を基準に裂を選びなさい」などと、その基準を示すこともある。

将軍・大名・茶人らは好みの裂地で表具をつくらせた。
将軍・大名・茶人らは好みの裂地で表具をつくらせた。

 一般には、筆者の身分、生き方などを基準とし、それに作品の内容を加味して裂を決めることが多い。例えば公卿などの書には豪華で雅な裂地が用いられる。高名な禅僧の書には、その正装時の袈裟にちなみ、唐物と呼ばれる中国伝来の高級裂地が施される場合が多い。だが、本紙の内容によっては禅僧の墨衣(すみごろも)のごとく、ごく質素な無地の裂を使うこともある。もっと質素に、茶人の消息などには裂を使わず、紙のみで表装を施すこともある。