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近世の数寄者が好んだ取り合わせの記録。
近世の数寄者が好んだ取り合わせの記録。

 それだけではない。作品の歴史的価値、美的価値、商品価値、使われる用途なども十分に配慮されるべき要素である。極端な場合だと、その掛軸が掛けられる床の間の寸法や壁土の色を考慮し、裂の色などを決めることすらある。

 さらに、使い手、すなわち表装の依頼主の好みというものがそこに加わる。そのことは「好み表具」といわれるものによく表れている。古くは足利義満・義政などの室町将軍から古田織部や小堀遠州といった大名茶人、公家、益田鈍翁に代表される近世の財界人まで、自らの美意識に基づいた多くの表装を残しており、それらは「○○の好み表具」などと呼ばれる。一部の依頼主は単に「代金を払う人」ではなく、いわばアートディレクターとして表具にかかわったのである。

図11

 さらに進んで、好みの表装を具現化する職人を好みの「表具師」として抱えてしまうという例まであらわれた。茶道の千家には奥村吉兵衛、遠州流には表具弥三次といった専門の表具師がおり、それぞれが流派の職方として代々その流儀に携わり、歴代家元の好みに従った表具を施してきた。掛軸に流派の思想や美意識を反映させるプロフェッショナルとして、何代にもわたって業を継承してきたのである。

 もちろんこうした表具師以外にも、全国に数知れない表具師がおり、その業を連綿と伝えてきた。長い歴史を通じて私たちにもっとも身近な存在である書や絵画は、日本においては表具師の存在なしには成立しないからである。掛軸というものが、美的な存在であるだけでなく、「保存」という極めて重要な機能を有していることに由来する。

日本の美が長く保たれてきた秘密の一つがここにある。
日本の美が長く保たれてきた秘密の一つがここにある。

 作品を他の紙で裏打ちすることで補強し、さらには周囲に裂地や紙を施して一体化させる。これを巻いておけば、シワが防げ、傷みや汚れから書画を守ることができる。さらに、裏打ちの紙を剥がして表具をやりかえることで、書画を延命させることもできる。本紙や表具が劣化したり破損したりしても、表具を仕立て直す際に本紙を洗い、必要があれば補修し、裏打ちの紙を新しいものに替えることで、絵画や書の寿命、さらには美的価値を数百年にわたって保ち続けることができるのだ。

 こうして、日本文化の重要な部分が、この表具技術によって守り伝えられてきた。そのおかげで今日、美術館などで1000年も前の見事なコンディションの書を実際に見ることができ、蚤の市やネットオークションで、まだまだ鑑賞に堪える江戸時代の絵画などを気軽な値段で購入することができるのである。