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図19

 まず、顧客が目の肥えた専門家であるということ。当然ながら、仕上がりに対する要求は厳しい。手抜きなどできようはずもない。

 さらに、手掛ける商品が近世絵画から江戸時代以前の古書画に及ぶ。その新旧さまざまな作品を引き立てる術を身に付け、かつそれにふさわしい新旧さまざまな裂も調達し、用意しておかねばならない。

 業者が持ち込む作品のほとんどが「そのままでは商品になりにくいもの」である、という難問もある。あるものは本紙が日に焼け汚れて変色し、あるものはシミだらけとなっている。破れてしまったものもあれば、そこかしこに虫食い穴があるものもある。それらを本来の風合いを失わないよう洗い、場合によっては漂白し、補修の手を加えなければならない。

図20

 もう一つ重要なのは、費用対効果であろう。何しろ主要な顧客である書画商は、目利きのプロであると同時に商売のプロでもある。時代を経た繊細な掛軸を見事に再生させてくれても、「そのコストを足したら商売にならなくなる」、つまり経済原理から外れるほどの表装代は払えない。修復や改装による価値向上に見合うだけのコストに抑えなければ、継続的に「プロ」から仕事をもらうことはできないのである。

 ただ、苦労が多いだけ喜びも大きいのかもしれない。掛軸を商品としてみれば、表具の部分の比重は相当に重い。本紙に惹かれ、表装にまで魅力を感じてもらえなければ、その掛軸は売れない。

 だから、と北岡はいう。 「一番うれしいのは作品が売れた時。表具を気に入ってもらえて、その掛軸が売れた時なんです」
(文中敬称略)