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 前述した吉川氏の「ものづくり寄席」における話で筆者が印象的だったのは、「Samsung Electronics社は基本的には基礎研究や開発設計にお金をかけず、そこで浮いたお金を広告宣伝に回している」というくだりである。同氏は、著書『危機の経営』でも「製品開発の根幹となる技術開発と製品開発は自前では行わず、主に日本メーカーからのキャッチアップで済ませています」と書いている(p.132)。

 ここで重要なことは、Samsung Electronics社のキャッチアップ戦略は「単なるモノマネ」(吉川氏は「ベンチマーク方式」と呼ぶ)ではない、ということだ。近年、製品開発の現場では、これまでのQCD(品質・コスト・納期)に加えて、環境問題や有害物質問題などさまざまな制約条件を複雑な連立方程式を解くように進められているが、吉川氏によると、韓国メーカーはそれをじっと見ていて、日本メーカーが苦労して出した「解」を元に、「リバースエンジニアリング」を進めていく。

 ここで言う「リバースエンジニアリング」とは、製品の構造や動作の解明だけでなく、さらに前段階の製品設計まで遡って、開発者の意図まで理解して、なぜこの機能を持たせたのかを分析することである。そのうえで、各市場のニーズに合った機能を盛り込んで設計・開発をし直すのである。吉川氏は「リバース&フォーワードエンジニアリング」と呼ぶ。同氏によると、基本的な部分での開発は済んでいるので、ここでは単純な一次方程式を解く程度の苦労で済む。このため、市場ニーズに合った製品をより低コストで出せるということになる。

 実はここで述べた単なる模倣を超えたキャッチアップ戦略やリバースエンジニアリングの重要性も昔から指摘されてきたことではある(以前のコラム1以前のコラム2)。

 ただ、近年韓国メーカーの基礎研究含めた技術力の向上の方の目を囚われすぎて、キャッチアップ戦略の重要性を忘れているいう面はないだろうか。確かに、韓国メーカーは特に半導体メモリーや液晶ディスプレイなどのデバイス技術の基礎研究面では世界のトップを走るようになった。そこに目が向いて、本来のキャッチアップ戦略の強さを見過ごしているとしたら、そこには日本が過去に米国に「基礎研究ただ乗りだ」と叩かれたトラウマのようなものがあるように思えてならない。

 または、「キャッチアップ」というと、どうしてもマイナスのイメージがつきまとうが、新興国含めた多種多様な市場ニーズに対応していくために、自らが開発した新技術に加えて、既存の技術、さらには他社から買ってくる技術含めて広い視野で見て、最適な技術を選択するという姿勢が重要だという見方もできる。それは、技術革新をベースとしたイノベーションから、それを含めた広い意味でのイノベーションへの脱皮ということにもつながる。もともと、日本は欧米で開発された基礎技術を市場に出す力はとても強いものがあった。その原点を過去のトラウマを払拭して思い出す---ということが韓国に学ぶ今日的意味なのかもしれない。