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「剥がしやすさ」では伝統技法にはかなわない。
「剥がしやすさ」では伝統技法にはかなわない。

 実に便利な方法だが、それなりの問題もある。そのうち最も深刻なのが「1度貼ったら剥がれにくい」ということだろう。北岡も、これに苦労した経験があるという。

「この前も機械表装の掛軸の修理を頼まれたんですが、本紙剥がすのにえらい苦労しました。濡らしても何しても、まったく剥げない。結局はアイロンを使って接着剤を溶かし、少しずつ剥がしていくしかないんです。最近はもっと剥がれやすい接着剤が出てきたという話も聞きますが、本紙のことを考えたら、まあ、ええことはないでしょうな」

 何とか苦労して剥がしても、それなりに本紙はダメージを受けることになるだろう。溶かして剥ぐだけなので、本紙に塗布された接着剤を除去することもできない。その樹脂が、100年後にどのようなダメージを本紙に与えるかもわからない。「1度表装すれば、あとは寿命が有限でもかまわない」という作品を表装するにはとても手軽で重宝な方法だが、「書画の美を長く守り伝える」という表具本来の使命を重視すれば、やはり昔ながらの手仕事にまさるものはない。

図17

 その手作業によって、古糊を使った最後の裏打ち「総裏打ち」が施される。

 まず、裏打ちして敷干しを終えた上巻絹(うわまききぬ)に古糊をのばし、作業台に伏せられた掛軸の裏面上部に張り付けた後、当て紙をして打刷毛で打つ。この部分は掛軸を巻いた際の外皮になる部分で、ここだけは裏面にも裂を貼り付けるのである。

 続いて、端を「喰い裂き」にした小判の宇陀紙に古糊を塗布し、上巻絹の下端から順次張り付けていく。紙の継ぎ目で喰い裂きにして出た繊維が重なりあって、段差なく連続的に継ぐようにする。この方法を「喰い裂き継ぎ」と呼ぶ。

図18

 宇陀紙を掛軸の下端まで張り終えたら、表具刷毛の中で最も大きな打刷毛でその上を打つ。上の紙と下の紙の繊維がお互いになじみ合うほど叩いて圧着させ、古糊のごく弱い接着力を補うのである。

 この際に使う打刷毛の重さは約400g。この厚手で大ぶりの打刷毛を、裏打ちした宇陀紙の隅から隅まで丹念にトントントンと叩いていく。「かなり大きな音が出るので隣近所に迷惑をかける」ということで、北岡の工房では打刷毛を打つ時は、作業場の窓がすべて閉められる。