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全面を圧着させるために重く大きな打刷毛で入念に打つ。
全面を圧着させるために重く大きな打刷毛で入念に打つ。

 1度打ち終えたら、また最初から打ち直す。何しろ打刷毛は重い。女性の手では持ちにくいということで、最近では軽くて薄手の女性用があるらしい。男性でも何幅分も打刷毛を打った翌日は、腕が上がらないという。

 もちろん精度も要求される。一定の強さで、しかも全面ムラなく、かつ入念に施さなければならない。トントントントン。リズミカルな音が続く。その速さは工房によって違い、人によって癖があるといわれる。北岡のリズムはやや速めらしい。その、小気味よい音の羅列がいつ果てるともなく続く。

図20

 この、全面をくまなく打つという作業が3度ほど繰り返されたとき、ようやく音が止んだ。仕上げに、下部の左右に「軸助け(じくだすけ)」と呼ぶ補強用の薄絹を取り付けた後、撫刷毛(なでばけ)で撫で付け、全体を平面に置いた状態で乾かす。

 その後、仮張り板に張り付ける。さらに安定性を増すために数カ月をかけ、仮張りに張られた状態でじっくり乾燥させるのである。300年以上の年月を生き抜いてきた芭蕉の遺筆は、新たな衣装を身に纏いつつ、北岡の工房でまたつかの間、眠りにつくことになる。
(文中敬称略)