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図1

 北岡英芳には二人の息子がいる。長男の大幸(ひろゆき)は28歳、中京区の京表具師のもとで修業を始めて6年になる。次男の芳幸は26歳、昨年から修復を主とする表具師の工房で技術を学び始めた。「まあ、うれしいことですけど」と北岡は言う。しかし、不安もある。「息子たちの時代になっても、仕事があるのかどうか」。

 そんな心情を映してか、雨天が続く。京都では、祇園祭の山鉾巡行が過ぎれば本格的な夏が来るという。ところが、それを過ぎても梅雨は明けず、ようやく晴天が続くようになったのは8月に入ろうかというころだった。

 雨が上がるのを首を長くして待っていた。晴れていなければできない仕事がずいぶん溜まっていたからだ。今回の掛軸もそう。総裏打ちを終えて仮張りにかけてからおよそ2カ月、本紙と周囲の裂地(きれじ)は一体化された状態で乾燥の時を過ごした。そしてようやく、仕上げに着手できる時が巡ってきたのである。

掛軸をやわらかく仕上げるために施す「裏摺り」。
掛軸をやわらかく仕上げるために施す「裏摺り」。

 張り代の1カ所に竹篦(たけべら)が差し込まれ、ぐるりと四辺に回されて全体が外される。以前より安定性を増したように見える「1枚」が掛軸風の姿となって現れた。

「これからラストスパートですわ」と、北岡の動きがにわかに速くなる。まずは「裏摺り(うらずり)」。まっ平らな状態で乾燥させた掛軸全体に、柔軟性を取り戻させるための作業である。表面を伏せた状態で作業台の上に置き、裏面の全体を数珠で左右方向に2往復ほど摺るのである。使用する数珠の材料は、水晶や無患子(むくろじ)という落葉樹の実、ガラスなど。仏教とともに渡来した掛軸の製作に数珠を使うのは、意図的なのか偶然なのか。

図3

 裏摺りの後、掛軸の左右の端から数mm控えた位置で、糊代としていた不要な裏打ち紙の余白(張り代)を切り落とす「耳すき」をおこなう。切る部分を折り返し、その上を篦で撫で込み、折り目に刃物を入れてすき落とすのである。

 それから、軸の上下に軸木(じくぎ)を装着する。この部分には乾燥前、裏面に軸袋と呼ぶ紙を貼り付けておく。この紙と裏打ちした裂で包むかたちで軸木を接着し、固定するのである。

 軸木は、改装前と掛軸の寸法がほとんど変わらない場合は古い軸をそのまま使うこともあるが、新たに製作する場合も多い。下軸(しもじく)の場合だと、木の丸材を加工し、さらに両端に軸首(じくしゅ)を取り付ける。

 この軸首にはさまざまな種類がある。素材だけをとっても、漆塗りのスタンダードなものから象牙・骨・黒檀・紫檀・陶磁器・プラスチックまで、形も円筒型の単純なものだけでなく、撥(ばち)と呼ぶ先端が太くなったもの、渦巻きの形をしたものなどがあり、そのバリエーションは数知れない。どのような掛軸にどのような軸首を使うかという、大まかなルールもある。