
そのなかから今回は、「頭切(ずんぎり)」と呼ぶ円筒形の、古い象牙製の軸首を選んだ。裂との時代的なバランスを考慮すれば、軸首もやはり古いものを使いたい。こうした場合に備え、古い掛軸に付いていた軸首なども外してストックしておくのである。
そしていよいよ下軸を取り付けるわけだが、その際にもちょっとした気遣いをする。軸木のわずかな曲りの癖を見て、腹が出ている側が手前になるように取り付けるのである。「掛軸を掛けると、どうしても真ん中が凹みがちになるんですね。それを修正するために、軸木の方を逆にする。そうするとバランスがとれるようになる」のだとか。なるほど、こんなところにも、全体を1枚の平らかな紙にするための工夫があったのだ。

下軸は軸袋で後ろから巻き付けて前袋を軸木に被せるかたちで、上軸(かみじく)は反対に前袋を先に糊付けし軸袋を上にのせるかたちで接着する。さらに風帯(ふうたい)を付け、鐶(かん)を打って掛軸をかけるための紐を取り付ければ完成である。
表具制作のほとんどの工程では、時間短縮が難しい。裂地の取り合わせや、総裏打ちの後の打刷毛、仮張りにかける乾燥の期間など、むやみに急げば仕上がりに響いてしまうような工程が、ほとんどだからである。だが、作業に習熟すれば完成度を保ったまま、短時間でこなせるようになる作業もないわけではなく、その一つがこの仕上げの工程だと北岡はいう。

その言葉の通り、実に手際よく軸木を取り付ける。次は風帯を所定の位置に取り付ける作業だ。
風帯は、掛軸の形式によっては用いないこともあるが、一般的な大和表具では欠かせないパーツである。この風帯づくりや取り付けは、表具制作の大半を占める水や刷毛を駆使する作業とは違い、針と糸を使う和裁にも似た作業である。このためか、この工程だけは表具師の妻が手伝ったという話をしばしば耳にする。
「喧嘩になるんでね、余り頼みたくはないんですけど…」と北岡は笑う。それでも、多くの注文を受けて「猫の手も借りたい」時期には「妻の手」がやはり有り難かったにちがいない。
この風帯を付け終えた上軸には、今度は紐を取り付けるための鐶を2カ所打ち込む。掛緒(かけお)という紐の両端をその両方の環(わ)に結び、掛緒に掛軸を巻くための紐、巻緒(まきお)を取り付けるのである。