
次男の芳幸は、大学を出て数年間、不動産関連の企業に就職してサラリーマン生活を送った。けれども父がそうであったように、思い直して表具師への道を歩み始めた。営業の仕事にはどうも馴染めない、やはり持って生まれた手先の器用さを生かした仕事をすべきではないかと。そして何より、仕事をする父の姿が好きだった。
北岡は、「子供たちには好きなように決めさせたつもりです。勧めもせんかったけど、やめとけとも言わんかった」という。それでも、父として息子たちの決断がうれしくないはずはない。

これで、北岡技芳堂に「後継者問題」はなくなった。後の心配は、今後も表具という仕事が経済原理の中で自立し得るか、ということだろう。そればかりは、表具師がいくら技や審美眼を磨いたところで解決できる問題ではない。愛好家やコレクターあってこその掛軸なのだから。
現代でも掛軸を深く愛し、理解し、収集して使う人たちがいる。だが、アートの領域が拡大を続けるなか、こうした人たちが少数派になってきていることも確かだ。
本当の後継者問題は、むしろこちら側にあるのかもしれない。
(文中敬称略)