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 開発部長が、血相変えて飛び込んできました。「次郎さん、協力企業のあの会社が店じまいするっていうのさ、大変なことになっちまったァ」。店じまい、一体、何が起こったのでしょうか。部長、相当深刻ですヨ。

 「社長が高齢になって、しかも、息子さんも跡を継がないらしいのサ。だから、無理やり後継者を探すより、余裕のあるうちに、従業員全員に退職金を払って店じまい。そのことで、今日、ご挨拶に見えたんだ」。部長があわてるのも分かります。この協力企業、技術は一流、しかも長いお付き合いなので、一を言えば十を知ってくれる。そんな、あうんの呼吸でやり取りが出来る、最も信頼していた会社なんですナ。それが、会社を解散する。正に、寝耳に水ってことですヨ。

 しかも、資金繰りや何かのトラブルではなく、経営者のポリシーというか、哲学なんですな。今なら誰にも迷惑をかけないのでやめる。こんな話、めったにありません。いかにも、あの社長らしいのです。いい意味での一刻者。やめられる時にやめれば、あちこちに迷惑を掛けないだろう、そんな気遣いも分かりますワナ。

 「安全パイ*。しかも、とびっきりの安全パイって思っていたのに、こんなにビックリしたことァないぜ。ええっ、次郎さんよ」。部長も、本当に想定外のことですから、ただ驚くしかありませんヤネ。「部長、驚くのは分かるが、あとをどうするのサ。どこか、当てはあるのかい?」。「そこ、それが問題なんだ。本当に安全パイだったから、ほかを探してはいなかったし、第一、あそこほどの会社、あるわけァないだろうよ。ホントに100%、大丈夫って思っていたからナァ」。どうやら、頼り切っていたんでしょうナ。一社だけに依存していた、そのしっぺ返しかもしれません。

 幸い、供給してもらっていた部品を使う商品も、ちょうど、モデルチェンジの時期だったこともあって、この際、大幅な設計変更で乗り切ろう、てなことにしたのですが、それも単なる一時凌ぎ、抜本的な解決策ではありませんヤネ。

 この話、ただの教訓というだけではありません。安全パイに頼るばかり、あるいは結果として頼り切っていること自体、そこに、大きな問題点があるてェことですヨ。

 しかし、優秀でしかもコストパフォーマンスがいい会社が、現実にあるのですから、そこだけに頼るなといっても、そう簡単に問題が解決するわけはありませんヤネ。例えば、2社購買を考えたところで、この会社よりパフォーマンスが劣るのは目に見えていますし、まして、劣るのが分かっているのに発注したら、品質が落ちるのを認めるてェことになりますワナ。

 「次郎さんよ、あれから、いろいろ考えたんだが、いい会社がそんじょそこらに、ざらにあるわけァないし、かといって、どこでもいいってわけでもなし。結構、深いんだよナァ、この話。何か、いい知恵はないかねェ?」。部長の言う通り、今回のように、本当にいい会社なんてざらにあるはずはありません。しかも、コストが気になるこの時代、両方見合う良い会社なんて、滅多に出会うもんじゃァありませんヤネ。

 そんなやり取りをしていると、後ろからお局が、「聞いたわよ。その話、要するに、信頼しきっているから、意識しないようになるのよネ。水や空気と同じ、本当は生きて行くのに必要なのに、ありがたみはもちろん、その存在さえ忘れてしまう。それが、なくなると分かった途端に気が付くなんて、トンマな話っていえば酷かもしれないけど、要するに、備えあれば憂いなしってことなのヨ」。

 よく考えるてェと、お局の言う通り。安全パイと思ってしまうのは、依存度や信頼関係が大きくなりすぎ、何となく、緊張感が薄れてしまい、こちらの勝手な思い込みで、相手を安全パイと決めてかかる、どうも、そんな心理的構造があるようナ。

 「だから今、地球環境を如何にしてまもるか、世界中で大騒ぎしているのと同じで、その会社の経営環境を、いかに理解して、いかに問題を解決するか、そこまで深く関わらないとダメってことじゃないの? 本当に頼りにしていて、そして、これからも必要な会社だったら、あらゆる手を尽くして、その会社のために汗を流してあげなくっちゃ!」。

 う~ん、ごもっとも。大げさにいえば、アタシの会社を支えてくれている会社、もっと踏み込んで、後継者の問題も考えてあげなくちゃあ、いけねェってことですナ。「大体ねェ、安全パイなんて、相手に失礼よ! それだけ世話になっているのに、意識しなくなっていること自体が、絶対に、失礼でしょ!」。

 参ったゼェ、お局、これがホントの、恐れ入谷の鬼子母神てェことですナ。1社に頼りきった結果が、安全パイ扱い。しかも、安全パイを持つこと自体に、潜在的なリスクがある。でも、アタシたちは持ちたがるのですヨ、安全パイを。例えば、技術もそうじゃありませんかねェ。使い慣れた技術や方法、ある意味で安全パイにしているのかもしれません。

 冒険せずに、長年、可もなく不可もなし、そんな技術や手法に甘んじて、開発意欲さえ失せてしまう。結果、まだまだ開発の余地のある技術や手法も、そこで止まってしまう、いや、止めてしまったことがあるのかもしれません。安全パイにしてしまうのは、それ自体、リスクかもしれませんヤネ。

 さてさて、数日後、仕事が早く終って帰り支度。時間もあるし、いつもの赤提灯。お局を誘いましたヨ。「どうだい、チョット一杯。何もないなら、付き合うかい?」。そうしたら、お局、何とおおせられたかと言いますと、「なによ次郎さん、その誘い方。アタシのこと、安全パイだと勘違いしていない? 行かない! 冗談じゃないわ! 絶対に行かないから、べ~だ!」。ああ、またしても、お局を怒らしちまいましたヨ。意識しなくても、安全パイ、やはり、そう思ってしまうんですねェ、とほほ…。

* ここでは,安心確実なパートナーという意味で使っています。