アスパラが泣きそうな顔で戻ってきました。恒例の、役員との面談です。「次郎さん、ボク、本当のことを言ったんです。将来、何になりたいか、どうしたいか。それを、正直に言ったんです。そしたら、『そんな夢みたいなこと言うんじゃない。どうせできないことを、無責任に言うもんじゃない』、そう言われたんです」。かわいそうに、役員も、もっとほかに言いようがないのかねェ。
「次郎さん、夢を語っちゃあダメなんですか? 確かに、はた目には頼りがいがないかもしれないけど、ボクだって夢があるんです」。「それを、夢なんて見るな、そう言われると、じゃあ、何を目標にして頑張ればいいんですか!」。「しかも、夢を見るのが無責任なんて、一体、夢に責任なんてあるんでしょうか!」。珍しく(こう言っちゃあ失礼か)アスパラ、キリッとした目で言うのですヨ。
夢。若いころ、アタシも夢を見ましたナ。いやいや、眠って見る夢じゃありませんヨ。将来、自分がどうしたい、あるいは、どうなりたい、ささやかな希望、できないことかもしれないけれどそうありたい、理想みたいなもんですナ。
できないと、はなから決めたらオシマイ、そう思って、決してあきらめないように、コツコツと勉強もしたし、努力したときもありましたワナ。それで、今のお前がどうなった、そう言われると、これが現実ですから、何も言えませんが、若い時に持つ夢、大事じゃあないでしょうかねェ。
夢を見る、よく考えるてェと、夢を見るのはそのシトだけの特権でして、ほかのシトの夢を見るわけァありませんヤネ。要するに、夢てェもんは、そのシトだけが見る、あるいは、見るのは勝手、そういうもんですわナァ。将来、その夢が現実になれば、万々歳。現実にならなくたって、見ただけでシアワセな気分になる。そんなキモチになれただけでも、良いじゃありませんか。
それを、夢みたいなことを…とか、しかも、無責任?とか、そう言ってしまったんじゃァ、まさに、夢も希望もないてェことで、そんな、ご無体なこと、何で言ってしまうのでしょう。
「アスパラ、ところで、どんな夢の話をしたのサ。言いたくなきゃァ、言わないでもいいけど、アスパラの夢、俺は聞きたいゼェ」。そう言うと、アスパラ、嬉しいような、恥ずかしいような顔をして、「次郎さん、ボク、偉くなって、ちゃんと仕事ができるようになって、この会社を儲かるようにして、そのお金で、病気の子供たちが楽しく遊べる、ターミナル・ケア施設をつくりたいんです」とか。話は止まりません。「米国にはあるらしいんですが、近くにある遊園地でいつでも遊べるようになっていて、看病に疲れた親御さんのためのホテルもあるんです。不治の病になった子供たちが最後まで楽しく笑って過ごせる、そんな施設をつくりたいんです」。
この話、聞いたことがあります。確か、かつて、ホテルのオーナーだったシトが、自らがフロントに立って仕事をしているところに、お客さんからドタキャンの電話があり、その理由を聞いたら、これが最後の旅行と楽しみにしていたのに、直前にお子さんが亡くなってしまい、それで来れなくなったのだとか。それをキッカケにそのオーナー、自らの財産全部を投げ出して、不治の病と戦う子供たちと、看病にすべてを捧げている親のために、ターミナル・ケア施設とホテルをつくり、全て無料で招待しているのだそうナ。そこで働くシトたちは全員ボランティア。運営資金も寄付でまかなっているという、この話、すごく感動した覚えがあるんです。
それを、アスパラが知っていたこと、そして、自分がつくりたいという夢を持っていたことにビックリ、いやいや、見直しましたヨ。確かに、夢って言えば、夢ですワナ。果たして、会社でやるか、いや、やれるかどうかは別として、もし、できれば素晴らしいじゃありませんか。アタシ、そう思いました。
…数日後、アスパラを連れ立って、いつもの赤提灯。
「あのときのアスパラ、いい顔してたナァ、見直したゼェ。だって、俺も昔、それを知って感動して、できるなら…」、そう言いかけて、ハッとしました。アタシ、一体いつから、この夢を放棄したんでしょう。同じように、アスパラが見続けているこの夢を、アタシは一体、いつのころから見なくなってしまったんでしょうか。若いころに見ていた夢を、見なくなっている自分、そのことに気付いたんですヨ。アタシ、何でそうなったのでしょう、どうしてなんでしょうか。
「…おい、アスパラ、正直に言うが、俺、今はそんな夢見えなくなっちまった…。いつからか忘れちまったが、見ていた夢を、もう、見ることがなくなっちまったァ」。若いころには見れた夢なのに、年を経るにつれて、その夢が薄れ、そして見ることもなくなっていく…。そんな自分の不甲斐なさ、夢を捨てることに対する抵抗感を、いかにして理論武装しながら正当化するか。現実は厳しいものだ、そう自分に言い聞かせながら、周囲のセイだ、社会のセイだと、一歩ずつごまかしてきたアタシ。本当は、自分のセイですヨ。ああ、いつからそうなってしまったのでしょう。
夢を捨てることも、捨てる理由もないはずなのに、自分自身を納得させてきたアタシ…。そんな自分のキモチが走馬灯のように回りだしたら、情けないけど、涙が出てきました。また夢を見たい、夢を見続ける自分に戻りたい…。若いころには見た夢を、いつのころからか見なくなる。もしも、夢を見るにも責任があるとすれば、ずうっと見続けること、その責任が、あるのかもしれません。
飲むほどに酔うほどに、そして泣きながら酔うほどに。いつの間にやら、お局の声が聞こえてきました。
「次郎さん、聞いたわよ、子供たちの施設の話。いいことじゃあない。でも、アスパラはもちろん、次郎さんだって、この会社を儲けさせて、そのお金でつくるとなると、いつになるか分からないわよねェ。で、アタシ考えたのヨ。アタシがお金出してあげる! 実は、アタシ、とんでもない遺産を受け取っていて、100億円くらいなら、今すぐにでも、用意してあげるわ。だから、この話、ちゃ~んと進めてね!」。
うっ、嘘だろう。お局、アンタ、そんな大金持ちだったのかァ。もらえるのかい、すっ、すまねェなあ…。礼を言った瞬間、「大丈夫ですか、次郎さん」と、アスパラが目の前に…。やれやれ、いつの間にかウトウトしていたんですナ。大金持ちのお局、夢とともに消えてしまいました。はあ~ァ(あくびです)。