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 このプロセスからして、日本型企業のビジネス化へのステップとはまるで異なることがお分かりだろう。日本型企業だと「まず私個人で決める事はできませんから、一度上司と相談させていただいてから、しかるべき会議で承認を得て、しかるのちにまたご連絡させていただくこともあるかもしれません」となる。しばらくしたら、「あいにく、こういう時代ですので予算削減もあり、時期尚早とあいなりました。たいへん申し訳ないのですが次回またということで、何かとご協力のほどをお願いいたします」というのがオチだ。

 もう少しましな展開としては「上司にお話を報告したところ、ぜひ一度お会いしてご意見をいただきたいとのことでございます。つきましてはアポを取らせていただきたいと思います」と呼びつけて、時代が変わったときに自社が生き残るためにと、情報をメモるに終わる。

 そういえば、かつてiPodが大ヒットした時に大手メーカー数社の役員から尋ねられたのは、「我が社はなぜそれを商品にできなかったと思いますか?」だった。今回に例えれば、いずれ電動スケボー(移動式バッテリー)が市場にお目見えしてヒット商品になったとき、日本メーカーに呼ばれ「我が社はなぜそれを商品にできなかったと思いますか?」と同じことを聞かれる予感がする。

 この差は何なのか?こんなので日本は本当にいいのか?

 確かにこんなご時世だから,将来に投資するお金や体力が、今の日本企業には足りないのかもしれない。しかし,それ以上に「日本企業は目の付けどころが見えていない」と思えてならないのだ。サブプライムショック・パンチに、日本企業は「親ガメこけたら皆こけた」状態。その対策は、情けないことに引きこもりでしかしない。

 「いや、あんたは何も知らない、俺たちだってやってるんだ、実は」と言う声もある。では見せてみろ、と現場に行くと相変わらずのお家芸「ものづくりニッポン」の繰り返しだ。いや、ものづくりが悪いわけじゃない。ものづくりだけに力を入れて、できたものを便利に使う仕組み作りができていないのが問題なのだ。その「新しい仕組み作り」こそ、これからの時代の経済テーマだと気づかないと明日はない。「iPhoneの成功は製品の機能じゃなくてiTunesのプラットフォーム。つまり、ものじゃなくて仕組みの勝利なんだってば」と唾を飛ばしたが、決裁権と人事権を持つ一世代前の経営陣は、口では「分かった」といいつつ、顔には「何のことやらさっぱり分からん」と書いてある。