今夜は1人で赤提灯。たまには、1人もいいもんですヨ。えっ、振られちまったのかって? 冗談じゃありませんヤネ、久しぶりに仕事も早めに片付いて、ポツンと飲むのもオツなもの、それでいいじゃありませんか。
カウンターの隅、ちょうど隠れて見えないのでしょうナ、どうやら新人ですか、アスパラが後輩を連れて飲んでいます。
「オイオイ入社して、まだ1カ月ちょっとじゃあないか。なのに辞めるって、一体、どうしたんだい?」。
「先輩、すみません。俺、この会社、向いてないと思うんです。いえ、先輩をはじめ皆さんにはよくしてもらっているのですが、何せ、向いてないんですよ」。
・・・何やら深刻な話になっているようですゾ。
「向いていないって、そんな事、まだ分からないじゃないか。大体、僕だって最初は右も左も分からないまま、そうだなあ、仕事を覚えるまでには2~3年かかったサ。でも、仕事って、覚えてくると、何をしたらどうなる、そこで面白くなるんだ」。
う~ん、アスパラ先輩もしっかりとしてきましたヨ。
「だから、向いているか向いていないは、逆に、その時点で分かるのさ。もしも、そこでどうしても面白く感じなかったら、向いていない、そう考えればいいだろう?」。
確かに、アタシもそうだったかも。誰もがかかる五月病、ここが辛抱です。
「先輩、2~3年はかかると仰いますが、もしもダメだったら、その2年か3年がムダになってしまうじゃないですか。次の転職もあるし、時間がもったいないですよ」。
いやいや、後輩も言いますナ。アスパラも負けてはいません。
「ははは、ムダなんて事は無いよ。だって、その間の辛抱は、絶対にムダにはならないのさ。辛抱を重ねただけ、その分、チカラがつくんだ。それを、辛抱の相対性理論って言うんだヨ」。
「そ、相対性理論なんて、誰が言ったんですか?」。
後輩もビックリです。そこでアスパラ、きっぱりと、「僕だよ、今、思いついたんだ。辛抱の値が大きければ大きい分、仕事力、つまり仕事ができるチカラが大きくなるということさ。つまり、仕事のエネルギ=知識×辛抱2なんだよ」。
フムフム、思わず耳がダンボになっちまいます。
続けて、「辛抱することが無駄にならないなんて、実は僕も知らなかったんだよ。でもね、ほら、あのお局先輩が教えてくれたんだ。『辛抱は大事、それも前向きな仕事のための辛抱が大事なのよ。仕事に役立つ辛抱は、すればするほど、後になって役立つ仕事のパワーが身に付くのヨ。だけどね、役に立たない辛抱はしなくていいのよ。そんなの、適当にかわせばいいの。知らん顔して避けるのよ』ってね」。
後輩も聞き入っています。
さらにアスパラ、「そう教えられて、僕は本当に楽になったんだ。役に立つ辛抱と、しなくていい辛抱。それが分かれば楽勝サ」。
まあ、楽勝ばかりじゃないけれど、いいこと言いますワナ、お局も。そして、アスパラもお見事ですよ、自分の言葉で、それも相対性ナントカなんて、アッパレですよ。
ところで、役立つ辛抱と役立たない辛抱、これ、大事ですナ。大体、アタシもそうでしたが、役立たない辛抱をし過ぎませんかねェ、会社てェえもんは。大概、もめるモトてェのは、役に立たない辛抱に過分にパワーを費やすからではないでしょうか。
役に立たない辛抱てェのは、例えば、派閥や上司のメンツに巻き込まれたり、誰かの替え玉みたいな責任を負わされる人間関係など、要するに、理不尽なことですヨ。本来、仕事には関係ないのに、あたかも、それが必要条件みたいに思ってしまう、あのくだらない辛抱のことですヨ。
振り返ってみると、純粋に仕事の話のハズが、いつの間にやらゴチャゴチャとした、役にも立たない辛抱に巻き込まれていく、こんな事ァ、誰も教えてくれませんでしたワナ。
そして、誰も教えてくれないので、これが疑心暗鬼のモトみたいになっちまって、いつも、どう見られているか、どんな風に評価されているか、なんてェ事ばかり。前向きな辛抱よりも、こっちの方が大事じゃあないかと、錯覚しちまうのですナ。
カエルのツラにナントカじゃないけれど、役に立たない辛抱なんて、シレッとかわせたらどんなに楽なことでしょう。それより、あとになって役立つ、前向きな仕事のための辛抱は、それこそ、歯を食いしばって乗り越えれば、その、耐えた辛抱の2乗に比例して、仕事のエネルギーに変換される、確かに、アスパラの言う通りですヨ。
さてさて、今夜は、アスパラに教えられましたワナ。しかも、一人で飲むと、これが結構まわります、そろそろ帰るとしますかナ。
いい話のことは聞かないフリして、「おうっ、いたのかい。そうか、新人かァ。しっかり頼むゼェ、この会社。これからは、キミたちの時代だからナァ」。もう少し、気の利いたことを言えばいいのに、これがアタシからのエールです。
せめて、彼らの勘定はおごって済ませて出ようとすると、おっと、そこにお局が登場です。
「何よ次郎さん、もう帰るの? アスパラたちは来ていない? 」。
「ああ来てるサ。でもよ、2人は放っておいて、たまにはバーでも行こうじゃないか。アスパラ先輩、しっかりとやってるからナ」。
というわけでその晩は、お局と部長も誘って、さあ、何軒まわったことでしょう・・・。これを、ハシゴ酒の相対性理論、なんちゃって。