PR

 「一体、いくらかけたらいいんだろう、なあ、次郎さん」。珍しく、部長がまともな質問をしてきましたヨ。どんな話かというと、開発する中で創出される知財、つまり知的財産権(最近は産業財産権ともいうそうです)の出願に、どこまで、そして、どのくらいのお金をかけていいのか、そこが聞きたいのだそうです。この質問、案外、深い話ですゾ。

 当然、知財は大事ですワナ。企業が生み出す新しい事業や商品を守る、それこそ大切な財産を簡単にマネさせないという権利ですヨ。ですから、そのお金をケチって、知財の出願を怠り、誰かに同じコトや物をマネされたら、それこそ元の木阿弥、逆に、後発にヒントを与えているようなもんですワナ。もしも、知財のない新事業や新商品が売れ始めたら、ライバルやその他の企業が、あっさりとマネをするのはミエミエですヨ。しかも、後発の方が有利に決まってるじゃありませんか。

 後発は、言ってみれば後出しジャンケンですから、絶対に勝つに決まっていますワナ。先に出した相手の手の内を全部見てからつくるのですから、設計も楽、ものづくりの手法も手段も、何も考えることなく、そっくりそのままコピーしたらできてしまうんですから、そりゃあ、楽勝ですヨ。ゼロから始める開発投資が要らないのですから、その分、安くできるに決まっているじゃありませんか。

 そんな大事な知財に、一体、どのくらいのお金をかけたらいいのか。部長にとっては悩ましい話なんですナ、分かりますよ、この悩み。「開発してるシトに言わせリャア、自分の発明に糸目を付けずに出願してくれ、そういうに決まってるじゃあないか。だからと言って、何が何でも出願したら、それこそ青天井ってもんサ。なあ、次郎さん」。

 確かに、開発する立場から言うてェと、自分のアイデアを保護してくれ、それも分かりますヨ。しかし、ここで大きく分けて二つの点で問題というか、課題があるようで…。

 一つは、肝心なそのアイデアが、発明かどうか、つまり、特許性があるのかどうか。要するに、特許庁に出願して、審査官が審査して、特許として登録されるのですが、そこまで、誰にも判断できないのが、知財てェもんです。いや、実はたいがいのことァ分かるんですヨ。同じような特許が出ているのかどうか、これを先願調査といいますが、調べれば大まかなことは分かるのです。でも、ここで問題なのが、発明者の理解です。先願があって、結果的に類似、そこを素直にあきらめてくれればいいのですが、どうしても出願したいと主張するシトもいますワナ。そこをどうやって分かってもらうか、悩ましいところですゾ。

 もう一つは、逆に、すごい発明なのに、それを分からずに出願しない場合。これも困ったもんで、大事なお宝を、誰かに盗まれても後の祭り、いくら悔しがってもお宝は返ってこないんですヨ。こういう話、実は結構あって、それも優れた開発マンに多いのですヨ。開発の過程で起こる無理難題を乗り越えるてェと、それこそ、アッサリとしたもんです。何もなかったように商品化してしまうのですが、肝心な知財が、そこで創出されたことに気付かないことがあるのです。まあ、奥ゆかしいといえばそうなんですが、もったいない話ですわナァ。

 さて、社内で創出される知財、そこに掛ける経費は、一体、どのくらいが適正なのでしょうか。「部長、知財に掛ける費用てェのは、言わば授業料みたいなものと思ったらどうヨ? そう、授業料なのさ。会社を、社会という学校に学ぶ学生や生徒と思ってごらん。そう考えると、学校に授業料を払うのは当り前じゃあないか。学校で学ぶための授業料、それと同じなんだよ。だから、高いか安いかじゃなくて、必要なお金、そういうことサ」。

 部長も少しは分かったようですが、「でも次郎さん、授業料なら誰でも同じ金額で、横並びだろう? それじゃあ、みんな同じになっちまって、特許も優位性なんてないじゃあないか」。確かに、それはそうですが、「いや、授業料という意味は、最低限必要なお金、必要経費という意味で、もっと勉強して上を臨むなら、塾に行けばいいのさ。それも授業料だろう?」。「そうか、もっと強くなりたければもっと出願する。ならば、必要最低限の知財と、上位とか優位に立つための知財がある、そういうことか」。

 話していると、部長、段々分かってきましたヨ。そうなんです、知財には二つの側面があるようで、市場で互角に戦うために最低限必要な知財と、その上をいくために必要な知財、そう考えると分かりやすいかもしれませんナ。

 「う~ん、同業他社や業界動向をいつもチェックして、そこに出願されている知財を調査して、参戦するために出願するのはもちろんのこと、開発する中で、知財的にも優位に立てそうな場合に、そこの部分に特化して、集中的に出願すればいいってことなんだ」。「そうそう、優位性があるかないか、そこは周囲を調べれば分かるてェことサ。だから、もしも優位性が見込めないときには、事業化・商品化しても、結局、優位性がない分、安くしなければ売れないてェことで、もうからないのサ」。

 部長もスッキリしたようで、「分かったよ次郎さん。知財てェもんは、要するに、同じ土俵にのるための参加料という意味と、さらに優位に立つために上を目指す受験料みたいなもんかもしれないナァ」。参加料と受験料、部長もうまいことを言いますヨ。

 さてさていつもの赤提灯。女性には難しい話かと思ったら、お局、結構、知財に詳しいんですヨ、これが。「へえ、知財の話なんだ。これでもアタシ、知財にはうるさいのよォ」。お局、アンタ、知財じゃなくてもうるさいでしょう、と言うのを飲み込んで聞きましたヨ。

 「実はアタシ、弁理士になろうと思ったことがあったのヨ。アイデアをちゃんと権利化する仕事って、カッコいいじゃない! アイデアマンが気付かない発明を、こちらが気付いてあげて、それを特許にする、そんな仕事は女性に向いているのよォ。だってそうでしょう、子育てと同じ、そうそう、知恵の子育てなのよ!」。

 知恵の子育て、お局もうまいことを言いますよ。確かに、生まれた知恵を育て上げて一人前にする、それが弁理士の仕事かもしれませんワナ。「で、どうして弁理士にならなかったのさ?」。部長が聞くと、「そうなのよ、それからアタシ、弁理士事務所に行って、実際の仕事ぶりをのぞいてみたのヨ。そしたら、アタシには無理ってことが分かったの」。「む、無理って、何が?」。部長も突っ込みます。

 「暗いのよォ、弁理士って。机に向かって黙々と、明細書を書いているのを見たら、アタシには到底出来ない! そう確信したのよォ」。く、暗いって、明るく明細書なんて書けるわけはァないだろうよ。しかし、確かに、お局は明るすぎますワナ、弁理士としては…。

 飲むほどに酔うほどに、お局の知財談義もノリノリです。「ところで、知財にかけるお金のことだけど、以前、中堅・大企業が知財にかける経費の調査をしたことがあったの。そこで分かったのは、大体、売り上げの0.2~0.3%が知財の経費だったのよね。つまり、出願費用や維持するお金は、その企業の年間売り上げの2/1000~3/1000くらいが平均値なのよね。よく言ったもんよねェ、センミツって」。おいおい、センミツはほかの意味だろうに。しかし、お局、よく調べたもんですナァ。

 「だから、授業料とか受験料とか、そんな大そうなもんじゃないのよ、知財は。当ったり前の必要経費。学校でいえば、文具代みたいなもんヨ」。ウ~ン、文具代、確かにそうかもしれませんヤネ。知財は必要経費で、当り前に、普段使う事務用品や文具代のようなものかもしれません。

 「次郎さん、学校に通う子供の文具代が高いか安いか、そんなことを言う親は変じゃない? 学びのために必要なもの、それは知恵の経費なのよ!」。いやいや、知恵の経費とは…。肝に銘じましたヨ。それにしても、お局が弁理士になっていたらどうでしょうか。お局じゃあなくて、お代官? ははは。