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 「次郎さんよォ、言わぬが花って言うだろう? 全部が全部、言っちまったら身もフタもないてェこと、あるじゃあないか。それを、ぜ~んぶ言っちまうヤツがいる、とんでもねェ話さ」。のっけから、ちゃんと聞かなきゃあ分かりませんワナ。

 「ったく、奥ゆかしいなんて、死語になっちまったよォ。黙っていりゃあいいのに、いいじゃねえか、気持ちよく手柄にしてやれば。みんな丸く収まり、メデタシメデタシで終わった話、それを、四角四面に言ったんじゃァ、しらけちまうぜェ!」。

 なんでも、部下がみんなで苦労して開発した新商品、開発部員のチームワークがあったからの成功なんですが、達成感に浸っているのに水を差す、またまた、例の役員ですよ。「キミたちの頑張りがあったのも分かるが、私の支援も忘れないでくれ。開発の意思決定を下したのは私なんだからね」。そう言ったそうな。

 「そんなことァ、知ってらァ! みんな感謝もしてるんだィ! だけど、先に言われちまったら、感謝も何も吹っ飛んじまうってもんだ、ええっ、そうだろう? 次郎さん」。部長の怒りはまだまだ収まりません。「それだけじゃあないんだ、余計なことまで言っちまうなんて、何てェことだィ!」。なんと、かの役員、「うまくいって、有頂天になってはいけないと思うから、釘をさしておくが、キミたちだけの手柄ではないのだ」と、ダメ押しを言ったとか、こりゃあいけませんヤ。まるで、ケンカを売っているようですヨ。嬉しいハズが、これでメチャクチャになっちまった、てェことです。

 部長が怒るのも分かります。新商品の開発を、上の了解なしで進めるなんざァできはしませんヨ。しかも、お金もかるてェわけで。確かに、役員には世話になったのでしょう。しかし、その役員が自分の手柄を、自分で言っちゃあ、おしまいですワナ。これがホントの言わぬが花てェもんですヨ。

 言わぬが花てェのは、はっきりと言わない方が趣きがあるってことですヨ。つまり、ズバリ言ったらそれでおしまい。露骨すぎて、趣きも何もなくなっちまうてェことですワナ。しかも、言わぬが…なんぞを通り越し、イヤミの上塗りを言ったのですから、もう、何をか言わんや、ですナァ。

 「何で、あんなこと、わざわざ言うんだろう。役員にしたって、言ったところで、何かもらえるわけでもないし、しかもイヤミまで、ナァ次郎さんよ」。確かに、せっかくみんながいい気持ちでいるところに、わざわざ水を差すようなことを、何で言ってしまうのでしょうか。この話、当たり前に、役員は役員の仕事をちゃんとした、そういうことですワナ。しかも、みんなが知っていることなんですから、黙っていれば、かえって役員の株が上がるてェもんですヨ。

 しかしこのような話、案外よくありますヨ。黙っていりゃあいいものを、ついと言うかわざわざと言うか、一言余計なことを言っちまうばっかりに、結果が逆になってしまう。言わぬが花てェくらい、ホントの花が花でなくなっちまうのですヨ。人間の弱いところ、そう言えば簡単ですが、どうも、地位が高くなればなるほど、黙っていられないシト、多くはありませんかねェ。

 そうそう、どこぞの政治家なんざァ、そのお手本で、そう簡単にはいかないことを、腹案があるから大丈夫、アッサリできるように大見え切った挙句、とうとう失脚したじゃありませんか。あるいは、自分の言うことを聞かない党の地域支部を兵糧攻め、闇将軍的な圧力をかけるシトもいましたワナ。同じ、言わぬが花にも、言わない方が良いのと、言わないから悪くなる、あるいは、黙ってやるからおかしくなる、どちらもあるようで。

 政治とビジネス、世界は違うとおっしゃるかもしれませんが、いずれも大勢のシトの気持ちが絡むこと、気持ち良く、スッキリとするのが一番じゃありませんかねェ。世の中、誰もがスッキリとしたいハズ、それなのに、言わなきゃいいものを言っちまったばっかりのどんでん返しや揚げ足取り、結構、ありますワナ。それに比べれば、ウチの役員なんざァ、可愛いもんかもしれませんが、罪つくりと言えば罪ですヨ。社員のやる気を奪ったとも言える言わぬが花、やっちまったんですヨ。

 「ところで、しらけちまったみんなはどうしてる? きっと、ガックリしてるだろうよ」。部長も、そこが気になっているらしく、「そうなんだ、落ち込んじまってションボリさ。久しぶりのヒット商品なのに、おめでたい話がすっかりかすんじまって、どうにかして、元気になるようにならないかナァ」。ですから、いつもの赤ちょうちん。飲めばシアワセ、少しは元気も出ますワナ。

 「聞いたわよォ、あの人のこと。もう、あきれてものも言えないわ! 言わぬが花なのにィ…」。お局も、相当怒っていますよ。この話、聞いたシト、皆が怒っているのです。経企ン10年のお局ですから、役員の過去を見てきた生き証人、誰も知らないところも知っています。

 「あの人、実は褒められたことがないのよォ。仕事はできるし、ソツもない。でもネ、手柄を褒められるってことがなかったのよね。だから、できる人って、みんな知っているのに、それを言われる前に、自分で言ってしまうのよ。1回でも、そんなことがあると、もう誰も言わなくなるのよ。それが人間、人情ってもんよネ。だから、結果的に誰も褒めない。だから、褒められたくて、また先に言ってしまう。もう、悪循環なのよォ」。いやあ、お局、よく見ていたもんですナ。確かに、手柄を言いたくなるのも人情、先に言われて、二度と褒めなくなるのも、これも人情。難しいもんですナァ…。

 飲むほどに酔うほどに…、元気を出すハズなのに、段々、悪酔いしてきましたヨ。しかし一人、お局は元気いっぱいですゾ。「何よォ、二人ともだらしないわねェ! 今夜は、どうやってしょげている人を元気にするか、その作戦会議じゃなかったのォ?」。そうそう、忘れていましたよ、アタシたちより、彼らのほうが嫌な思いをしたんですヨ、それを忘れちゃいけませんヤネ。

 ますます飲むほどに酔うほどに…、突然、お局が襟を正して、「ねェ、冗談抜きに、あの人を褒めてあげましょうよ!」。「ほ、褒めるって、例の役員を褒めるのかァ?」。部長が面くらっています。アタシも同じ、「何で、今さら、役員を褒めなくっちゃいけねえんだィ」、思わず、アタシの声も大きくなっちまいます。

 「だからァ、このままじゃあ、悪循環。それを止めるためにも、褒めましょうヨ!。誰も褒めなかったから、褒められたいばっかりに先まわり、それが言わぬが花の原因でしょ、だから、褒めてあげて、言うのが花、にしてあげましょうよ!。あの人だって、皆が頑張ったのは知っている、そうでしょ。でも、自分の貢献度も認めてほしい。それを、社長もまして当の社員も誰も褒めてあげないから、先回りして自分で褒めちゃったのよォ。ならば、言ってあげて花を咲かせる、どう、いいでしょう!」。

 う~ん、言うのが花、お局、それはいいかも。ビジネスマンだって政治家だって何だって、大変なことを成し遂げた、つまり、お手柄をたてたらそれを褒められたいばっかりに、言わなくても分かっていることを、先まわりして言っちまう。それが言わぬが花ならば、先に言うのが、言うのが花。そうすれば、何かいいことがあったとき、かかわったシトを褒め合えばいいてェことで、そりゃあ、みんなの気持ちはよくなるし、第一、やる気も出ますワナ。

 よく考えると、揉めごとてェのは、言わず語らずが原因で、結局、思いのすれ違いじゃあないですかねェ。ならば、何ごとも包み隠さず、良いも悪いも言うのが大事。まして、それがイイことならば、言うのが花。その繰り返しかもしれませんナ。

 「言わぬが花のその前に、言ってやるのが、言うのが花…」。あ~あ、部長が相当に酔っ払いましたヨ。ムニャムニャと、念仏のように繰り返しているんです。えっ、もういい加減にして帰れ、ですって? ははは、それこそ言わぬが花、ですゾ。