「ったく、あんな大会社がこんな小さな会社に対抗して、一体、何が目的なんだろう? おれたちをいじめても何の得にもならないだろうに」。部長がくさっています。どうやら、業界ナンバーワンの大会社が、うちがコツコツ開発してきて、やっと日の目を見るようになった製品、それにぶつけるように、同様な製品を売り出すというのです。「なあ、次郎さんよ、そりゃあビジネスだから、当たり前かもしれねえが、大会社がそこまでするかァ? まるで弱い者いじめじゃないか。こんな小さなマーケット、何であんな大会社が出て来る必要があるんだ? 小さな会社を蹴散らして、嬉しいのかナァ…」。
やっとできた製品というのは特殊なセンサなんですが、用途も特殊なのでユーザーも限られていて、そんなに数は出ませんヤネ。そんなニッチな製品なのに、大手がサッと開発して総取りを企てるなんて、アタシたちみたいな中小企業はたまりませんヨ。
よくある話、ビジネスの世界で勝ったか負けたか、それだけかもしれませんが、こんなことばっかりやっていて、本当にいいのでしょうか。いやいや、負け犬(おっと、まだ負けが決まったわけではありませんが)の遠吠えではなくて、やはり合点がいかないてェもんですヨ。昔、中小企業が元気だったころ、大企業も含めて、お互いに無意識の中で、役割分担というか、マーケットの大きさによるすみ分けてェことがあったように思うのですヨ。そういう時代を知っている部長だからこそ、余計にガッカリしているようです。
そして、部長がつぶやくように、「次郎さん、開発にもノーブレス・オブリージュがあると思うんだが…」と。思わずハッとしました。そうです、開発やビジネスの世界にも、ノーブレス・オブリージュがあると思うのです。
念のため、ノーブレス・オブリージュを辞書で調べてみました。noblesse oblige。そもそもは、身分の高い人には、それに伴う大きな義務があるとする考え方でして、元来はフランス語の「高貴な身分には重い義務を伴う」という意味だそうです。その欧州では、封建時代に、身分の高い者は身分の低い者を保護するという風潮といいますか、社会通念があったようですナ。そして、このような考え方に基づいて、19世紀のイギリスの労働党政権は、幾つかの労働法や社会立法を作ったそうですヨ。現代では、リーダーシップやエリートの重要性や必要性を説く人が主張しているようで、他人を守るチカラのある者は、その義務を負う、そんな考え方なんですナ。
だから、今度の話、中小企業がコツコツ開発してきた製品を、後出しジャンケンみたいに勝ちに来る。そりゃあ、どう見たって、ノーブレス・オブリージュ的に、ちょっと変じゃありませんかねェ。
「スーパーだってそうだぜェ。地方の小さな町に大規模店を出店し、2~3年やってダメだから撤退。撤退されて残った町はまるで砂漠状態、あちこちで聞く話サ」。このような話、実はアタシも知っています。困ったもんですナ。「それまでコツコツと何とかやっていた地元の商店街は全滅、まるで地元の経済をつぶすために出店し、やってみて、やはり採算が合わないから撤退するなんて、もう、横暴としかいえないだろうヨ」。部長の故郷の町でおこったホントの話だそうですヨ。
スーパーのこともそうですが、どうも、世知辛い、いや世知辛すぎませんかねェ。何でもかんでも計算ずくで、キモチに余裕がありませんヤネ。言い換えれば、セコいですヨ。やれやれ、だんだんと暗い話になってきましたナ。こんな時はいつもの赤提灯に直行ですヨ。
お局が、「嫌な会社ねェ、きっと友達いないわよォ」。はは、企業にも友達てェのがいるのか、そんなことァ考えたことはありませんが、確かに、こんなことをしたんじゃあ、友好的な関係は成り立ちませんヤネ。「そうそう、すみ分け理論というのもあるくらい、同じ場所にすむ何種かの動物は、お互いの生活要求を衝突させないように、微妙に異なる生態、すみ場所に分かれて暮らしているの、知ってる? しかも、このすみ分け、ときには補完的な役割を担っているような行動もあるのヨ。それで、動物の社会が成り立っているんだって」。へえ、お局、学者みたいに詳しいですヨ。「大体、生き物なんて、強い者が弱い者を殺すために生きているわけではないでしょ。いくら弱肉強食っていっても、バランスってものがあるのよ。でなければ、生き物が地球からいなくなっちゃうじゃない」。うーん、確かにその通り。殺し合いじゃあ、そのうち企業は絶滅しちまいますワナ。
さてさて、飲むほどに酔うほどに、部長も少しは元気になってきましたヨ。
「次郎さんよ、おれは負けねえ! もっといい製品つくるから、絶対に負けねえ!」。お局も、「そうこなくちゃ、部長、頑張ってネ。そして、うちの製品のシェアが1番になったら、その会社に行って、『お陰さまで、貴社の参入がとても励みになりました。ここまでこれたのも、貴社が参入されたから。それで私たちは頑張れたのです』って言うのよ。皮肉じゃなくて、本当に、それが原動力でしょ。だから、心をこめてお礼に行くのよ!」。うーん、そうか、お礼に行くか。それはまさに、逆ノーブレス・オブリージュですが、相手は、分かりますかなあ…。