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 化粧が終わったところで、口の寸法が定まり、蓋作りが始まる。釜の蓋にも様々な種類が存在する。デザインは、口の形状や、撮(つま)みの形状とも関連が出てくる。平らな一文字蓋、真ん中が盛り上がった盛蓋、真ん中が窪んだ掬い蓋などが、口の寸法や形状に合わせて作られていくことが常だが、古鏡などを転用したり、数寄者が所有していた古蓋に合わせて後から釜を作るという例すらある。素材は唐銅(からかね)、すなわち青銅や、共蓋と呼ばれる鉄などが多く使われる。

 唐銅は鋳込んだ後、ろくろにより切削して細かな形を整え、さらに荒らしを入れたりする。大西たちは、その工程にもあきれるほどの手間をかける。炭で表面を磨いた後、鋳物土の上に蓋を置いてそこに熾った炭を置いてうちわであおいでいく。熱することで唐銅の表面に出来た酸化皮膜を取り除くと、表面が荒れて、かすかに模様が現れてくる。場合によってはその作業を何度か繰り返し、漆を焼き付けていく。出来上がった蓋は、炭が当たっていた部分が痕跡として残り、それが一つの景色となる。半日近くかかるこの作業を「簡略化」してしまう作り手も多くいるが、大西たちは、昔の通り、どこも端折らずにすべての作業をこなしていく。それが、大西家のアイデンティティでもある。

 こうして作成される唐金蓋以外に、釜本体と同じように鉄を使った共蓋もある。けれど、現存する釜には唐銅の蓋が添うことが多い。

 それは、「釜と蓋の取り合わせを見た時、鉄とは異なる唐銅などの金属を合わせることに数寄者が面白みを感じた」からだろうと大西は推測する。

「共蓋は鉄製だから、湯気に当たれば錆びるし、薄いから割れることもある。それを嫌うということもあったかもしれません。けど逆に、その方が侘びた風情が感じられていいということもある。数寄者たちは、趣があれば、いずれもよしとしたのでしょう。あえて共蓋にしたものもあれば、一つの釜に共蓋と唐銅蓋の両方が添っているものもありますし」。

 蓋の撮みには、唐銅や銀などが主に使われる。梅や梔子(くちなし)、瓢箪など花や木の実などをモチーフにしたものが多い。鋳造で作ることもあれば、素材を打ち出して鎚で叩いて形作っていく鎚起(ついき)など彫金の手法で作ることもある。こうして釜の完成となる。