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釜を据え、火をおこして湯を沸かすための風炉も手がける。
釜を据え、火をおこして湯を沸かすための風炉も手がける。

 大西は自らのアイデアを具体化した新作を作るために、施主を募ることも多いという。洋の東西問わず芸術の水準を高く引き上げるために欠かせなかったパトロンにも通じる存在と言えよう。彼ら施主に向け作りたいものをプレゼンテーションすれば、大西は「彼らを満足させる作品を作る」という義務を負うことになる。当代に限らず、歴代の当主たちもそれぞれの時代で、同じプレッシャーを自ら負いながら、後世に残る釜を作り続けてきたのだろう。それらと比肩できるだけの個性を作品に込め、制作し、世に出すこと。それが十六代目として、大西家の歴史を一歩未来に向けて進めるということの意味なのだろう。

「そんなことで、毎日が必死です。よく技術を継承するために本でもまとめたら、とか言われるんですけど、そんな余裕はないですわ。そもそも、大西家にもマニュアルのように釜の製法を文字でまとめた資料というものはないんです。歴代もみな、文字で技術を残し伝える余裕はなかったんやろうね」

 いや、余裕がなかったのではなく、必要がなかったということなのかもしれない。当代が先代をトレースすることに終始すれば、代を重ねるごとに作品の質は落ちていく。その愚を冒すことなく大西家が十六代の歴史を重ねてきたのは、代々が、自分だけの何かを作り上げてきたからだろう。もちろん、次代を継ぐものにも、同じ難問が課せられることになる。

「自分もそうやったし、息子が継いでくれたらとも思います。けど、息子だから継げるというようなもんでもない。釜を心から理解し、努力しないといけないですから。それができる人にこそ、仕事を継承する権利があると思うてます」

 先人から受け継ぎ、磨き上げもしてきたものを次代に引き継ぐその日まで、大西は、自らの釜を作り続けていくだろう。(文中敬称略)