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 前回のコラム「『創業したエンジニアは,金を与えて追い出せ』という投資家の心理」では創業者=エンジニアが投資家=経営者の事情を理解することがMOTだと書きました。投資家に限らず、エンジニア以外の人達、専門外の人達とのコミュニケーション能力もMOTの一つです。今回のコラムでは、エンジニアの技術を伝えるコミュニケーション能力について考えたいと思います。

 東京大学工学部の私の研究室には、技術に関しては私が思いつかないような素晴らしいアイデアを提案してくる、技術面では大変優秀な学生がいます。ところが、技術が優秀な学生でも、専門外の人に技術を理解してもらうコミュニケーション能力は残念ながら稚拙です。学生の中でも、小さいころから勉強に加えてチームスポーツなどを通じて色々な人たちと接してきた学生の方がコミュニケーション能力が比較的高いことを考えると、多様な人に接することは大事なのかとも思います。

 もちろん、技術開発には知識の積み上げが重要で、小さいころからのある程度の知識の詰め込みは絶対に必要だと思います。基礎的な学力がゆとり教育で弱体化してしまったと言われていますし、東大でもそう感じることもあります。知識も無いのに、プレゼンテーションだけ上手いというのは本末転倒です。とはいえ、知識を積み上げたエンジニアも、企業での研究開発は一人ではなくチームで行うことがほとんどですし、自分が開発した製品を実用化するには顧客や営業など様々な人に自分の技術を理解してもらうことが必要です。積み上げがあるエンジニアだからこそ、技術を伝えるコミュニケーション能力が大事なのです。

 私の研究室では、大学4年生になって研究室に学生が配属されてから、学生に対して専門の研究に加えて、コミュニケーション能力の教育をしています。研究室でもある程度はチームワークが必要なことに加え、大学の研究では論文を発表することが必要なのですが、技術的アイデアと実験結果だけでは、トップクラスの国際会議に論文を通すことはできません。論文の審査ではその分野の世界のトップクラスのエンジニア・研究者が100件もの論文を数週間で査読します。彼らは超多忙ですので、1本の論文の審査に長い時間を掛けられません。従って論文が採択されるためには、技術の優位性と同じくらい、アピールの仕方や、短時間で技術の本質を伝える表現力といった、技術を伝えるコミュニケーション能力が必要とされるのです。

 よく起業家に対しては、「エレベーターで投資家に偶然会ったら、一分間で(エレベーターの中だけで)ビジネスプランを説明できるように準備しておけ」と言われますが、そのようなコミュニケーション能力がエンジニア・研究者にも必要なのです。

 翻って日本の教育を考えると、小学校から大学まで積み上げ式に知識を身につけるトレーニングはしていても、他人に自分の考えを伝えるコミュニケーション能力の育成はほとんどしていないのではないでしょうか。特に理系では、自分ひとりで考えて計算し答えを出せばよい、人と接しなくても大学までは済んでしまいます。更に、理系の人のまわりもまた理系のことが多く、文系、専門外のような「全く違う人種」に自分の考えや技術を説明する必要がほとんど無いのです。

 私自身がコミュニケーション能力の問題で痛い目に会ったのは、2001年にスタンフォード大学のビジネススクールに留学したとき。MBAプログラムでは文系の中でも特にプレゼンテーションがうまい人達が揃っています。私は英語が下手だったというハンデはありましたが、おそらく日本語であっても全く口では太刀打ちできなかったと思います。講義は議論が中心ですので、口下手の私は文系の人達にみくびられて随分悔しい思いをしました。しかし、起業プランを作成するという講義で、技術を使ったアイデアを提案すると、多くの人が寄ってきて、「実はお前はすごいんだな」と評価されるようになりました。エンジニアは良いアイデアを持っていても、なかなか理解してもらえない。入口のコミュニケーションのところで損していると痛感しました。

 理系のエンジニアに技術に関するコミュニケーション能力が不足しているとしても、訓練が足りないだけ。私のように痛い目にあい、場数を踏んでトレーニングをしていけば良いのです。大学では私がこういった技術のコミュニケーションの話を学生にすると、学生は「人生で初めて聞きました」と言います。20歳を超えた学生に教えることかなと思いつつも、学生には、まず、査読者は超多忙であることから説きます。そして、「論文のタイトルと図面を1分間眺めただけで内容が直感的にわかるように」と指導しています。学部・大学院の修士課程と3年間も指導していけば、学生のコミュニケーション能力はかなりのレベルに上がっていきます。