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 IH(Invented Here)は自分で開発した技術や製品。NIH(Not Invented Here)は他の会社や人が開発した技術や製品です。NIHという言葉はオリジナリティを重視するエンジニアの文化として使われます。NIHは見方を変えれば、「他人が作った技術は嫌だ、採用したくない」ということですから、エンジニア同士の感情的な対立、発明者に対する嫉妬といった感情も無きにしもあらず。

 私が東芝で開発してきたフラッシュ・メモリの業界では、1990年代のまだ市場が小さい時期には、東芝はNAND型、日立製作所はAND型、三菱電機はDINOR型、インテルやNECはNOR型と、各社それぞれ独自技術を開発していました。まさに、NIHで、他社の技術なんて意地でも採用したくない、というエンジニアの意地の張り合いでした。

 ところが、2000年代に入るとAppleのiPodの発売により、フラッシュ・メモリの市場が爆発的に拡大しました。技術の淘汰が進み、東芝や韓国Samsung Electronics社が推進するNAND型が勝利をおさめました。市場は急拡大していたので、日本の東芝以外の会社は、独自技術を捨ててNAND型に切り替えれば良いと私は思いましたが、これらの会社は、あっさりフラッシュ・メモリ・ビジネスから撤退してしまいました。

 その後、フラッシュ・メモリ市場の拡大に魅力を感じた、米 Micronや韓国 Hynix、スイス ST Microelectronicsなどの、外国企業が続々とNAND型に参入してきました。彼らはフラッシュ・メモリ技術のノウハウや実績はありません。東芝やSamsung社からエンジニアを引き抜き、先行者の技術をコピーし、コストの低減に注力することで、市場シェアを上げていきました。

 日立や三菱、NECといった日本の企業には、NAND型とは規格が違うとはいえ、フラッシュ・メモリに関する多くの技術ノウハウが蓄積されていました。独自技術を諦めるのと同時に市場から撤退し、全てのノウハウを捨ててしまうのは、あまりにももったいない。

 歴史には「もし」が禁物とはいえ、日本企業が、独自技術を諦めた時に、市場からの撤退ではなく、NAND型の採用を決断していれば、日本企業は後発の外国企業よりも優位に立てたのではないでしょうか。

 真相はわかりませんが、こうした日本企業の方々が、それほどまでに、東芝のNAND型を採用することが嫌だった、「敵の技術を採用するくらいなら事業をやめる」という感情的な問題かもしれないと思いました。

 私自身は4年前に東芝を辞めて、もうフラッシュ・メモリの開発は行っていません。しかし、大学という中立の立場になった今でさえも、「10年前の、憎き、NANDの竹内!」という見方をされる、かつてのライバル企業の方もいらっしゃいます。

 職場では周囲の人達の感情をコントロールし、自分の才能を最大限に発揮して、優れた業績を残す。プライベートでは幸せな家庭を築くには、高いIQや偏差値、学歴では十分ではありません。

 ダニエル・ゴールマンは1995年に全米でベストセラーとなった著書「EQ 心の知能指数」の中で、社会に出て成功できるかどうかの決め手は、EQ(Emotional Intelligence Quotient)、心の知能指数であると述べています。IQが高くても、EQは足りなくて、他人を傷つけたり自分を傷つけたりしているようでは、社会人として成功できないし、家庭人としても幸せになれない。

 世界の優秀な頭脳が集まっているAT&Tベル研究所でどのようなタイプの研究者が優れた業績を上げているかを調査したそうです。優れた研究業績をあげていたのは、IQが抜群に高い研究員ではなく、同僚たちや家族と日ごろから良好な人間関係を築き、仲間から愛されているEQが高い研究員でした。

 調査では、EQが高い研究員は仕事上の人間関係が、普通の研究員とは決定的に違うことが明らかになりました。仕事上重要な人々との間に親密なネットワークを築き、大ピンチに遭遇した時には、即席の問題解決チームの一員になってもらう。

 個人プレーが中心の理系の研究者といえども、仕事をスムーズに運ぶ鍵は、円滑な人間関係なのです。

 もっとも、仕事に応じた専門知識やIQはもちろん必要です。EQだけでは仕事はできません。しかし、ある程度の能力があれば、自分の才能を生かし、社会で成功するかどうかの決め手はEQなのです。

 EQの最初のステップは自分の感情を自覚すること。ソクラテスの「汝自身を知れ」ですね。そして、自分の激情をコントロールし、失敗してもあきらめずに、他人の気持ちを思いやる。