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 しかし、これをしてしまうと、「フェアな比較を故意に避けている」と思われ、Credibilityを失ってしまう。出版される論文の数は大変多いので、比較すべき論文を見過ごしていることもあるでしょう。しかし、その場合は、「当然知っておくべき技術を見落としていた」として、やはり、Credibilityが下がってしまうのです。

 特に、数多くの論文を提出している研究者が、過去の自分の論文と提案技術をフェアに比較していないとみなされた場合には、目も当てられません。いくら提案している技術が素晴らしくても、「アンフェアである」とCredibilityに疑問を持たれると、欧米では論文の評価はとても低くなることがあるのです。

 実は、欧米の人は「著者のCredibilityが疑わしいからこの論文の評価を下げる」というように、はっきりとは言ってくれません。Credibilityは欧米人であれば、言葉に表さなくても当然のように認識しているべき、基本的な考え方なのかもしれません。

 確かに、技術論文をその分野の専門家が査読をするとしても、たった数ページの論文には、技術評価の前提となる条件や手法の細部は書かれていません。例えば、本人が2倍高速と主張している技術を信用するかどうかは、論文に記載されている実験結果だけでなく、この論文から推測される人物像、Credibilityにもよるのです。

 しかし、Credibilityに対する考え方は、欧米人とアジア人では大きく違います。日本人を含むアジア人の感覚では、「そこまで厳しくCredibilityを問い質さなくても、良いのではないか」と思うのではないでしょうか。「結果が良ければ、途中の経緯はあまり目くじらを立てなくても良いのではないか」と、アジア人は悪く言えばいい加減、良く言えばフレキシブル。論文でしたら「論文を採択した後に、きちんと書き直せば良いのでは」と思うこともあります。

 このような考え方の違いは、良い・悪いというよりも、文化の違いですので、論文に限らず欧米でビジネスをする時には、必ず認識しておくべき事柄ではないかと思います。ただ、なかなか外国の文化を実感を持って理解するのは難しい。出張や駐在で外国に居る時には、仕事以外のちょっとした機会も利用してその国の文化の理解に努めてはどうでしょうか。

 例えば、公共交通機関はお国柄が出ます。欧米では都市部であっても鉄道の改札が無いことが良くあります。これは人を信用しているから、Credibilityではないでしょうか。しかし、もし目的駅までの切符を持っていないことが発覚すると、非常に高い罰金を科されます。「切符を買う時間が無かった」「気付かなかった」というような言い訳は通じない。Credibilityを失った時には高いペナルティーを払う、という典型的な例に見えます。

 8月には、日本人がナイアガラの滝から転落して亡くなるという悲しい事件がありました。ナイアガラの滝やグランドキャニオンといった、外国人が多く集まる観光地でさえも、安全を確保するための高い柵は設けられていません。これは、「自分の身は自分で守れ」、「自主独立」というアメリカの文化を表す一つの例でしょう。

 以上は欧米の例でしたが、アジアの国々でも、それぞれ独特の文化と、文化に根差したビジネスの考え方があるでしょう。アジアの国々とは欧米と比較して文化や生活習慣の共通点も多い。食事の席での「乾杯!」は中国でも韓国でも、同じ言葉(カンペイ)です。特に韓国とは、食事の席に限らず、少々口下手でも、相手を思いやったり、譲ったりする点など、日本と多くの共通点を感じます。

 日本の人口は減少傾向ですが、アジア諸国はまだまだ増加しています。私たちは「日本人」ですが「アジア人」でもある。これからは仕事上も生活上もアジア諸国と接する機会は増えていくことでしょう。柔軟な気持ちで他国の文化を知り、受け入れることも、これからのビジネスチャンスにつながっていくのではないでしょうか。