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 最近エネルギー関連技術について記事を書くことが多いのですが、そこで最も神経を使うことの一つが、単位が正しいかどうかです。例えば、太陽電池の発電出力「W」と発電量「Wh」は多くの記事でしばしば混同される単位です。電力関連の技術者はこの手の間違いに敏感で、メディアの科学リテラシーを揶揄する材料になっているのを知っています。実は私も自覚している中では一度だけ、WとWhを間違えたことがあります。表記上のケアレスミスでしたが、それまで「WとWhを間違えるなんてあり得ない」と思っていただけに、穴があったら入りたいとはこのことだと思いました。記事を書く側として、この点は本当に気をつけたいところです。

 WとWhの違いが分かっていることは、議論において視点を切り替えるための手段にもなります。例えば、発電出力で原子力発電1基分の1GW(100万kW)に並ぶ太陽光発電システムでも、夜があったり曇りや雨の日があったりすることで、1日の平均発電量は、原子力発電1基の約1/6前後になってしまいます。これはしばしば、太陽光発電の弱点として指摘されることですが、私はむしろ太陽光発電の強み、だと思っています。原子力発電は昼夜問わず出力がほぼ一定で、その「弱点」を補うために揚水発電のような余計なシステムが必要になります。一方、太陽光発電の発電出力はカンカン照りの夏の日中に大きくなります。電力が必要なときに自然に大きな発電出力が得られる特性は、他の発電システムにない太陽光発電の強みです。

中国語の「兆」は実は…

 単位の話に戻ると、単位を巡る誤報の中には、WとWhの違いを分かっていないことの他に、各言語での単位に関する特異な慣用を知らなかったことが原因になったと思われる例もあります。例えば1年半ほど前、ある日本の新聞が、「中国の敦煌郊外の砂漠で100億kW規模の大規模太陽光発電所の建設計画が進められている」などと報じました(現在は修正済み)。100億kWは、言い換えれば1万GWで、常識はずれの大出力です。本当であれば大変なインパクトですが、現実にはあり得ません。当初は「この記事も、WとWhを混同しているのかな」と思いました。

 とにかく裏を取ろうと調べましたが、Whだと思っても該当する計画は全く見当たりません。実際にあったのは、10MWという珍しくない規模の建設計画でした。この年間発電量はいくら砂漠とはいえせいぜい数十GWh。1万GWとは数字が違いすぎます。明らかにWとWhの混同では済まない誤報でした。

 実は、これには理由があります。中国語で「W」を意味する漢字は「瓦」です。つまり、一千瓦なら1kWです。では1MWは中国語でどうなるか。「一兆瓦」となります。その日本の新聞はこれを日本語の理解で訳してしまい、10MW=10兆W=100億kWとしてしまったのでしょう。

 日本語の「兆」は、中国語では普通「万億」と書かれますが、兆という字も中国語にあります。ところが、利用される状況は限定的で、特に電力の出力に関して「兆=mega(106)」という意味で用いられているようです。どういう経緯でそうなったかは知りませんが、記者が知らないと大誤報になる例の一つです。

 新聞に限らず、単位を巡る混乱はあちこちにあるように思います。例えば、勉強もしかり。よく算数や数学が嫌いになる学習内容の一つに、割り算や分数があると聞きますが、もう少し難しい内容では、単位の換算が分からなくて理解が進まなくなったという例が相当数あるはずです。何を隠そう私がそうで、大学で学ぶ電磁気学の「CGSガウス単位系」「SI(国際単位)系」「自然単位系」「プランク単位系」…の換算が分からず、勉強を投げ出しかけたことがあります。

単位が強力な計算の武器に

 混乱の原因になりかねない単位とその換算ですが、うまく使うと、計算における強力な武器にもなります。

 例えば、いくつかの専門分野では、よく使う基本的な定数自体を単位に使う「正規化」が行われています。すると、その定数は「1」となるので、その分野内で議論するには方程式などが単純になり、見通しが非常に良くなるからです。正規化後の計算の最後で元の単位系に戻すことで、全体として計算過程を簡素化でき、計算結果を他のデータと比較することもできます。ちなみに、『日経エレクトロニクス』1月23日号の「NEアカデミー」では、ワイヤレス給電システムの設計法の一つで、正規化を用いたシステムの各種パラメータ(インダクタンスLやキャパシタンスCなどの値)の最適値の計算方法の例を解説しています。

 ただし、正規化の手法を使う際、換算の過程を真に理解していない人は、単位を元に戻す段で頭を抱えることになります。それが苦もなくできるようになれば、一人前の専門家といえるかもしれません。

 もう一つ、単位とその換算が議論の武器になることがあります。それは、いわゆる「次元(ディメンジョン)チェック」というもの。議論や計算の間違い探しの非常に強力なツールです。具体的には、計算の手順に従って単位の換算だけを実行し、最後の結果がおかしな単位になっていないかどうかを調べるのです。次元チェックのメリットは多くの場合、実際の計算より大幅に簡単である点。理科系の方には常識とは思いますが、これまでやったことのない議論や複雑な計算をする際には、最低限やるべきことの一つとして用いられています。計算した単位が、あるべき単位と異なる場合は「次元が合わない」といいます。

 英語には、意味のない比較であることを指す慣用句として「それは、リンゴとオレンジを比べるようなもの」という言い回しがあります。実際にはリンゴとオレンジには、重さなど比較可能な属性もあります。ところが科学の世界で、「それは次元が合わない」といわれたら、もはやどんな言い訳もできません。次元が合わない議論は、明らかに間違った議論や計算であることを意味します。それを正しいと強弁するなら、それは少なくとも科学とは呼べないのです。

 昨年の3月11日からしばらくの間、放射線の影響についての議論で、「専門家」による「次元の合わない」説明がテレビで繰り返されました。例えば、「放射線量の2μSv(/h)は、レントゲン1回で受ける被曝量(Sv)の何十分の一だから健康には影響がない」というもの。しかも、それらの説明ではカッコ()内がしばしば省略されました。これは、クルマの時速(km/h)と距離(km)の数字を直接比較するようなもの、あるいは、太陽光発電の発電出力(W)と発電量(Wh)の数字を直接比べるような議論で、全く意味がありません。ケアレスミスだったのでしょうか。

 Svは、実は「J/Kg」という書き方も出来ます。つまり、単位質量当たりの実効被曝量を示す単位ですが、テレビではこの単位質量当たりという点を無視した説明も目立ちました。例えば、人体や普通の食品に含まれる放射性カリウム(K-40)は、およそ数十Bq/Kgで、体重の相当重い人の体まるごとで計6000Bqになります。この6000Bqという数字と、食品の放射性セシウム(Cs)に対する安全基準(Bq/Kg)の数字とを直接比べるような説明です。

 ちなみに、この比較には単なる次元以外の点でもおかしな点があります。というのもK-40の崩壊系列で出るガンマ線の本数は、およそ9Bqに1本で、放射性Csの場合と大きく異なります。仮にBq量が同じ場合、K-40のSvへの換算値は、放射性Csのそれよりもかなり小さいのです。テレビでこの点が説明された例もほとんど知りません。

 学生時代の専門だった「物理学」では、こうした次元チェックをいやというほど叩き込まれます。そのせいか、放射線に限らず「次元が合わない」話には敏感に反応してしまいます。専門知識がなくても次元チェックができる例は多く、それによって「専門家」の発言が意味があるかどうか分かります。私もメディアの末席を汚している一人かもしれませんが、メディアの人にこの次元チェックを習慣付けてもらいたいです。