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 デジタル・カメラが誕生した15年ほど前を振り返ると、世界のエレクトロニクス業界で、デジタル化の中心は日本でした。フロッピーディスクや銀塩フィルムを置き換えることを目的として、東芝がフラッシュ・メモリを世界に先駆けて開発。

 フラッシュ・メモリの他にも、カメラのデジタル化を推し進める電子部品として、液晶ディスプレイやCCDなども日本企業が開発していました。

 電子部品だけでなく、カメラ業界にも大きな動きがありました。当時のカメラ業界はニコンやキヤノンといった企業がほぼ寡占の状態でした。デジタル化は、技術の大きな転換点。他の企業にとってはカメラ市場に新規に参入する大きなチャンスでした。

 カメラのデジタル化を推進したのは、オリンパスのようなカメラ・メーカーもありましたが、むしろカシオ計算機、ソニー、富士フイルムといった、それまではカメラ事業を手掛けていない企業が積極的でした。

 そして、1994年にカシオが世界で初めて民生用のデジタル・カメラQV-10を発表しました。それまでもテレビの放送用など、プロ向けのデジタル・カメラはありましたが、大変高価なため一般には普及しませんでした。

 ところが、フラッシュ・メモリ、液晶ディスプレイ、CCDといった電子部品の高性能化、低価格化により、一般の消費者でも買える安価なデジタル・カメラが誕生したのです。

 このように、カメラ業界では、ニコン、キヤノンといった既存勢力は日本企業、デジタル化でカメラ市場に新規参入を狙うのも日本企業、デジタル化のカギとなる電子部品を開発するのも日本企業と、新旧勢力の攻防が日本を舞台に繰り広げられたのです。

 フラッシュ・メモリを使ったデジタル・カメラの記憶媒体であるスマートメディアの企画や開発、標準化には、フラッシュ・メモリの開発企業である東芝に加えて、富士フイルムも積極的に参加し、大きな役割を果たしました。

 富士フイルムのデジタル化の経営判断はもちろん尊敬に値しますが、当時のカシオやソニーなどのデジタル化の攻勢を思い出すと、富士フイルムもこれらの会社に突き上げられ、尻に火がついていたのではないか。