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 2011年末から2012年2月にかけて、福島第一原子力発電所の事故に関する調査報告書が官民から相次いで公表されました。1つは、政府の「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」が2011年12月26日に提出した中間報告。民間からは、大前研一氏が率いるTeam H2Oプロジェクトによる「福島第一原子力発電所事故から何を学ぶか」や、FUKUSHIMAプロジェクト委員会の「FUKUSHIMAレポート-原発事故の本質」、日本再建イニシアチブによる「福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書」などが出されています。

 それぞれの報告書で、スタンスや論点は微妙に異なります。例えば、政府の事故調査・検証委員会の報告書は地震発生から津波の襲来、その後の対応などの経過を詳しく書いています。全てを盛り込もうとしているせいか、やや冗長で読むのに少々苦労しましたが、現場の混乱や苦悩、大変さは伝わってきて、命がけで対応に当たった現場スタッフの苦労には頭の下がる思いがしました。TeamH2Oプロジェクトの報告書は、主に構造的な事故原因に焦点を当てており、個人的にはもっとも納得できました。FUKUSHIMAプロジェクトの報告は社会的な影響に、日本再建イニシアチブのそれは安全規制の在り方と放射能漏れに対する対応にボリュームを割いています。
(政府事故調、およびTeamH2Oプロジェクトの報告書は、Webサイトからダウンロードできます。ご興味のある方はぜひご一読を)

 さて、終わりが見えないこの事故の原因については、いろいろ議論が分かれるところです。ただ、今回の福島原発に限らず事故関連の報道を見ていていつも思うことがあります。これは自身の反省も含めてなのですが、日本の報道が「なぜ事故が起こったか、なぜ防げなかったのか」よりも「誰が悪かったのか」という犯人捜しに目が向きがちなところです。

 日本再建イニシアチブの記者会見で、記者クラブ所属の某有名紙の記者が調査メンバーにこんな趣旨の質問をしていました。「結局、これまでの原子力安全規制を通して、一番悪かったのは誰だと思いますか」。質問した記者としては、原子力安全委員会の委員長や保安院、首相といった分かりやすい答えを期待していたのかもしれません。そうすれば、取りあえず目を引く記事が書けるでしょう。しかし、結局、登壇していた調査メンバーらは明言を避けました。

 正直、記者発表のたびにこうした質問を聞くと少々げんなりします。確かに、どんな事故でも責任の所在は明らかにしなくてはなりません。刑事責任、事故補償の責任を問う必要もあるでしょう。しかし、犯人を見つけ出して責めることで溜飲を下げているだけでは、事故の再発防止には役立ちません。本当に肝心なのは「誰が」悪かったかよりも、機構や構造、仕組み、体制の「何が」悪かったかという原因を探ることのはずです。

 今後日本で原発を継続するのか・撤廃するのかを考える上でも、これまでの原発の構造および安全規制のどこに問題があったのかという視点が欠かせないはず。でなければ、それを改善した構造や体制を本当に実現できるのかどうかも判断できません。政府の事故調査・検証委員会は、夏頃までに最終報告書をまとめる予定です。事故の経過については、中間報告でかなり明らかにされました。最終報告では、「どうあるべきなのか」という提言にもっと踏み込んでほしいと思います。