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 日本のコンピュータ研究者はコンピュータ自体の定量的な技術の向上にばかりとらわれて、「それが何に役に立つのか考えない傾向がある。問題は、日本のコンピュータ教育にあるのではないか」と土佐氏は指摘する。

 土佐氏が、ある講義を見学したときのことだ。日本の学生たちに「何か動くものを作れ」という課題だった。すると、学生たちは「動くもの」というテーマにとらわれ、とにかく「動く」という機能の開発に特化してしまう。成果物を発表する学生に「何に使うんですか」と問うと、「うーん、何に使うんでしょうね」という回答が返ってくる。これがMITなどとは異なる点だという。米国の大学ならば、「何を作りたいのか」を考えさせてから開発するように学生を導くというのだ。

KABUKI-MONO
土佐尚子(2011年)
Camera, Computer, Computer Software
50cm×50cm×50cm
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 「重箱の隅の1%の性能を高めるために頑張る技術者が生まれるのは、このためだと思います。社会を見ていない。私も社会を見ていないところはあります。でも、彼らはもっと見ていない。次第にミクロな世界に入り込んでいって、自分の世界が狭くなる。その世界がなくなってしまうと、生きていけなくなる。他人がやっていないことを見つけて、それを切り開いて行くことが必要だ」と、土佐氏は警鐘を鳴らす。

 誰もやっていないことに挑戦するという姿勢は、土佐氏の活動の根底に流れる基本になっている。例えば、ほとんどコンピュータで扱う対象になっていなかった日本文化や東洋思想についての研究は、その一つだ。

水墨画はバーチャル・リアリティだ

 MITでの活動を始めようとしていた時、土佐氏は京都国立博物館で雪舟の大回顧展を見た。山水を表現した水墨画を見ている同氏を、突然の感動が襲う。日本画や水墨画についての興味はほとんどなかったが、「水墨画はバーチャルリアリティ(仮想現実)の世界なんだと気が付いた」(同氏)という。「山水を描く水墨画は単なる風景画ではなくて、心象風景なのです。その世界をコンピュータで表現したらどうなるか。面白いテーマだと感じた」。

 そうした体験から生まれたのが、編集工学を提唱した編集者で著述家として有名な松岡正剛氏らと議論を進めた「ZENetic Computer」という作品だ。テーマは「禅」である。ユーザーが3次元CG化された山水画の世界に入り込み、その中で禅問答や俳句といった日本文化、東洋文化に触れながら物語を作り上げていくインタラクティブ・アートだ。

 日本文化への興味が強まった背景には、雪舟の水墨画を見た感動だけではなく、MITのあるボストンで過ごした体験が大きかったようだ。日本から離れてしまうと、それまでどちらかといえば嫌いだった日本文化が急に恋しくなる。皮肉なことに、土佐氏はボストンで日本文化にのめり込んだ。

The Art of ZEN (Projection view)
土佐尚子 (2004~2010年)
Screen, Rock garden, calligraphy, 2 computer, Speaker, Mixer
600cm×300cm×400cm
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 MIT時代の恩師であるSteve Benton教授の言葉も大きなキッカケになった。「コンピュータを使って、日本を見せろ」というミッションを与えられたのである。当時、土佐氏が所属していたMITの研究所は欧州系の文化の影響が強く、アジアの文化はほとんど扱っていなかった。同氏は、コンピュータを用いた日本文化の表現で大いに存在感を示すことになる。

 「MITのような場に行くと、自国の文化を主張できる人が尊重されます。逆に言えば、日本を主張していないと、存在感がないんです。だから、日本のことを主張するようになりましたね」

 こうした経験から土佐氏は、日本人が世界で成功するには、日本を出て行くしかないと話す。米国で成功し、米国から発信すると日本でも注目度が上がる。これは、よく言われることでもあるが、日本にとって非常に残念なことだ。国際的な評価を受けるべき優れた若者が、日本で活動しても国内では評価されない。しかし、いったん海外で認められると、一気に日本中でもて囃される。