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 「要するに海外コンプレックスですよね」と、土佐氏はあっさりと語る。「日本で新しいことをやろうとすると、その芽が摘まれてしまうことが多い。それをかいくぐって生き抜くためには、日本国内だけで仕事をするのではなく、日本と海外に片足ずつ軸足を置いて活動することが大切だと思います」

 土佐氏が研究を進める「カルチュラル・コンピューティング」は、コンピュータを文化の理解に使うという国際的に見ても極めて創造的で新しい試みである。日本が最も必要としているそうした創造的な世界で、素晴らしい素材がありながら、それを国内で発掘できず、埋もれさせてしまうとしたら、日本には若者の活躍の場など生まれないだろう。

Fresh Water
土佐尚子 (1996年)
Acrylic sculpture, Japanese lacquer tray, Japanese paper, wood
79.3cm×53.3cm×31cm
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 土佐氏は、今でも日本企業からの研究支援はほとんどないと話す。カルチュラル・コンピューティングを学びたいという声は、その多くがアジアや欧州など海外からの依頼だという。

 前回も紹介した2012年に韓国の麗水市で開催された万国博覧会(同年5月12日~8月12日)へのアートの出展では、アジアの文化の融和をテーマに長さ250m、幅23mの巨大ディスプレイに表示する映像作品を出展した。日韓の政治や歴史的な感情の影響もあって、2年間何度も作り直し、「何度辞めようと思ったか分からない」(土佐氏)。

 東西南北を護る四神(青龍、白虎、朱雀、玄武)や、山水、甲骨文字、漢字などのアジアの文化を代表するモチーフを用いながら、最後の場面はアジアで尊いとされる竜が巨大スクリーンを泳ぐ様子を表現し、「一つのアジア」を強調した。「日本のお寺の天井にも昔から大きな竜が描かれているんですよね」と言って、土佐氏はにっこりと微笑んだ。

日本文化はコンピュータ表現に向いている

 「日本文化は、実はコンピュータで扱うことにとても向いている」と、土佐氏は考えている。これは、面白い考え方だと思うと同時に、かなり意外だった。例えば、日本古来の音楽には音符だけでは表現できない微妙な表現を良しとするような部分がある。そうした「曖昧でふわふわとした感じが日本文化の特徴で、パターン化しにくいのではないか」という素人考えを私は持っていたからだ。

Sansui Silouette Summer(left), Fall(right)
土佐尚子 (2011年)
Glass, light(overhead projector), water with acrylic box, motor
300cm×450cm×200cm
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 日本文化がコンピュータでの表現に向く理由を、土佐氏は多様な「型」の存在にあると見ている。これが、コンピュータで扱いやすい「テンプレート」なのだという。例えば、「陰陽」「天地」「義理と人情」のような一対の型、「もてなし・しつらい・ふるまい」「様・式・風」というような三位一体の型など、土佐氏が指摘するマクロレベルの型を見ると、日本文化は実はパターン化しやすいのかもしれない。俳句のような表現や、歌舞伎のような伝統芸能にも「型」が存在する。少なくとも海外の人々、そしてコンピュータに日本文化を説明する際に必要な情報であることは間違いない。

 コンピュータは芸術表現の道具(ツール)。これは芸術家・土佐氏から見た技術の切り口だ。そのコンピュータの能力は、これからも飛躍的に拡大するだろう。ということは、土佐氏の道具はまさに無限の表現力を持ち続けられるのかもしれない。ずいぶん面白いところに目をつけたと感心する。

 前回の最初に文理融合の重要性について触れた。一般的には「文理融合」という場合、自然科学と社会科学の範囲でまでであり、芸術までを融合するのはなかなか難しい。日本の伝統文化の中心である京都の街で、多くの芸術家が土佐氏のアプローチを試す、そんな研究所が生まれたら面白いと思いながら古都を離れた。