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土佐 MITで感じたのは、日本を主張できる人は尊重されるということです。日本の企業からMITに派遣された研究者を見ていると、MITで手掛けている研究を吸収して帰国するだけのような印象を受けました。でも、日本を主張できないと存在感がないんです。

加藤 コンピュータ開発は「何に使うか」ということの違いで、本来は開発の目標が変わってくるはずです。土佐さんのように文化を扱うことを考えると、これまでとは異なる発想が必要かもしれない。でも、どれだけ速くするかということに注力しがちですね。

土佐 日本のコンピュータ教育があまりよくないのかもしれません。学生が技術開発と一緒に社会を観察するような教え方になっていない。もっと、人がやっていない場所を見つけていくことを考えさせるようにした方がいいのではないでしょうか。

 私の研究室に3カ月のインターンでMITから訪れている研究生がいました。最初は「何をすればいいでしょうか」と聞かれたので、最初の1カ月は私から研究テーマを与えていた。次の1カ月は、京都の祇園祭関連の文化活動をお願いしました。

日米の学生、何が違うのか

加藤氏。
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土佐 そしたら、帰国の1カ月前に「話があります」と言われた。「自分で開発プロジェクトを立ち上げたい」というプレゼンを見せにきた。「京都の文化をゲーム形式で知っていくアプリケーション・ソフトウエアを開発したい」と。

 よくよく聞いてみると、実は訪日してから自由時間に自分で開発を進めていたそうなんです。日本にいられるのは、残り1カ月だけだから、このアプリの開発に注力したいというわけです。日本の学生から、こうした提案を受けることはありません。博士課程の学生であっても、ないですね。

加藤 何が違うんでしょう。

土佐 簡単に言ってしまうと、教育システムなのでしょうね。自分の意見を話す機会がない。「沈黙は金」という雰囲気もある。自分の考えとは違っていても、言わない方がいいかなと思ってしまう。私だって、いろいろな会議に出るとその雰囲気を感じて、発言を躊躇してしまうことがありますからね(笑)。

加藤 言える環境を作れば、日本の学生も日頃抱いている発想を表現するようになるということですか。

土佐 そう思います。言えない環境を周囲が作っている。みんなやりたいことを持っていると思うんです。でも、挫折したら終わってしまう。それを乗り越える力が、今不足しているのではないでしょうか。それは、失敗した後に乗り越える力であり、失敗を恐れて最初から無理と怖じ気づいてしまうことの両方です。

 ただ、周囲だけの問題ではありません、結局は最終的には本人に戻ってきます。だって、本人がやる気にならなかったら周囲は支えようがないじゃないですか。知識や発想力の問題ではなく、コミュニケーション能力かもしれません。強いメッセージを相手に伝えるには、どうしたらいいかを考えなければならない。

 まぁ、こういうことを話していると、「みんなが土佐さんのようにガンガンできる人ばかりではないんだから」と、注意されたりしますけどね(笑)。

(この項、終わり)