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米国NIHから開発コンペティションの参加打診を受ける

 1984年の創業後に、米国の国立衛生研究所(NIH:National Institutes of Health)から、高精度人工呼吸器のコンペティションに参加しないかと打診する手紙が届いた。米国の国立衛生研究所の関係者が、フック氏がHFOタイプの人工呼吸器のプロトタイプをつくり上げたことを知ったことが、参加打診のきっかけになったようだ。このコンペティションは自主参加であり、事前に開発費の前払いはなかった。何とか開発費を工面し、国立衛生研究所が提示した仕様を満たすプロトタイプ機(試作機、図1)をつくり上げ、米国の国立衛生研究所に送った。

米国の国立衛生研究所に提示したプロトタイプ機(試作機)
図1●米国の国立衛生研究所に提示したプロトタイプ機(試作機)

 この結果、合計8社あった応募企業の中で、ただ1社の外国企業であるのメトランが合格を勝ち取った。この勝因を聞くと、「我が社だけが医者のニーズに十分応えていたから」と、実際の現場ニーズをつかんだ医療機器のプロトタイプだったことを強調する。技術だけではなく、「医師などの現場ニーズを的確につかむことが医療機器開発の王道だ」という。

 米国の国立衛生研究所はメトランに85台の実機を注文した。これは、米国の懐の深さを物語るエピソードだ。日本では、優れた技術に裏付けられたプロトタイプを開発できたとしても、販売実績がないベンチャー企業に注文を出す行為は、事実上、考えられないことだからだ。

 85台の注文を受けたメトランは、役員・社員が3人の少数精鋭体制で、泉工医科工業などからも、あれこれと支援を受けながら、実機「ハミングバード」(Hummingbird、図2)を設計し製造し、米国に送り出した。1985年9月のことだった。これが、メトランが人工呼吸器事業に進出した経緯である。

米国の国立衛生研究所に納品した実機「ハミングバード」(Hummingbird)
図2●米国の国立衛生研究所に納品した実機「ハミングバード」(Hummingbird)