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プラザ合意の円高・ドル安が事業を直撃し、赤字事業に

 メトランが米国の国立衛生研究所から85台の実機の注文を受けた実績は、創業間もないベンチャー企業の成長を加速させる契機になるはずだった。ところが思いがけない悲劇がメトランを襲う。開発した実機の人工呼吸器「ハミングバード」の支払い契約を米国の国立衛生研究所とドル建てで結んでいた。1985年9月、当時のG5(先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議)が開催され、実質的に円高・ドル安を誘導する内容のプラザ合意が結ばれた。

 これによって、円高・ドル安が急速に進行し、メトランが結んだドル建て契約は、結果として事業赤字を産み出した。当時は“ドル箱”といわれるほど、米ドルが信頼された時代であり、かつ米国の名門組織の国立衛生研究所からの注文だけに、ドル建ての契約になったのは当然のことだった。

 製品開発コンペティションに勝ち抜きながら、1985年当時の為替変動という外部要因によって事業収支が赤字になったメトラン社長のフック氏は困り果ててしまう。この悪夢は、結局、前の雇い主だった泉工医科工業社長の青木利三郎氏(現会長の青木由雄氏と現社長の青木真氏の父)が救世主となり、同事業を買い取ってくれたことで一応、解決をみる。当面の事業赤字は融資によって棚上げになり、メトランは救われた。今でも、フック氏は「泉工医科工業の青木社長がメトランの支援者として救済策を講じてくれて、その後も見守ってくれたことに本当に感謝している」という。

 その後も人工呼吸器「ハミングバード」の改良を続け、メトランは技術面で先行する人工呼吸器事業を継続した。日本市場では機種名を「ハミング」とし、未熟児向けの人工呼吸器として、日本での市場を確保した。体重が数100gと小さい未熟児(低出生体重児)の肺はまだかなり小さく、送り込む酸素ガスなどの量を小さく、圧力をかなり低くするためには、送り込む回数を1分当たりに900回と多頻度にするという、当然の理屈を実現した。

 この結果、日本の病院のNICU(新生児特定集中治療室)では、メトランの人工呼吸器の採用率は、約90%に達していると業界では推定され、ほぼ独占状態になっている。酸素ガスなどをやさしく送り込む方式の実用化によって、未熟児や重症疾患のある新生児の生存率が大幅に向上した実績データが、メトラン製のHFOタイプの人工呼吸器の採用を促進した。