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大手医療機器企業との事業提携を契機に、研究開発体制を強化

 この自主回収騒ぎの間接的な要因の1つとなったのが、部品供給に対する日本の製造業者の姿勢だ。医療機器向けの部品の場合、「万一、不具合が発覚し、当社の部品が使われていることが分かると、当社の信用が低下する」との理由で、部品供給を断る日本企業が少なくなかった。

 メトランは、こうした部品供給対策も含めた成長戦略として、業務提携などのアライアンスを積極的に取り始めた。2010年11月には、大手医療機器メーカーの日本光電と業務提携を結び、日本光電にメトランの人工呼吸器の独占販売権を与えた。

 この日本光電との業務提携によって「購入する部品価格がかなり下がった部品もでた」とフック氏はいう。また、販売を日本光電にお願いすることで「メトランは研究開発に専念できる環境が整った」という。

 さらに、2012年10月にはフクダ電子(東京都文京区)とホームケア関連機器の開発を目的とした合弁会社ブレステクノロジー(東京都文京区)を設立した。

 こうした大手企業との連携を、実はメトランは以前から実施していた。1992年から自動車メーカーのスズキと東京大学医科学研究所と共同で、メトランは成人用の人工呼吸器の開発に着手した。文部科学省傘下の科学技術振興機構(JST、ただし当時は科学技術振興事業団)の委託開発課題として、3者で共同開発を実施した。新生児向けの人工呼吸器の市場はあまり大きくないことから、市場が大きい成人向けの人工呼吸器市場に参入するためだった。当時、医療機器事業を新規事業として検討していたスズキと共同開発体制を組めたことは、メトランにとっても会社の信用を高めるという実利もあった。

 この成人向け人工呼吸器は、新生児向けの人工呼吸器の市場がニッチだったことから、大きな出荷数が見込める市場として取り組んだ。約7年かけて、成人用のHFOタイプの人工呼吸器を開発し、当時の科学技術振興事業団から開発成功と認定された。しかし、スズキは本業復帰を鮮明にし、新規の医療機器事業には進出しないとの結果になった。

 この間に、メトランはHFOタイプの人工呼吸器の基盤技術を固め、現在のロータリー式の成人用人工呼吸器の製品化につなげた。2001年11月に成人用人工呼吸器の製品を市場に投入した。

 現在は、ベトナムに製造子会社とソフトウエア開発の子会社をそれぞれ1社ずつ設立し、グローバル化を推進している。ベトナムの両子会社には、それぞれ子息2人を派遣し、事業責任者として育てている。

 フック氏は日本でメトランを創業して30年弱となり、ふだんは日本語で考えているという。このため、ベトナムに行くと「下手なベトナム語を話す日本人だと思われている」と笑う。

 フック氏は日本語、ベトナム語、英語以外にも数カ国語を話す。人工呼吸器は現在、12カ国に輸出されているが、さらに輸出先を増やしていく計画だ。そのため、得意の語学を生かして、海外出張にも励んでいる。

 メトランは現在、役員・社員が30数人の規模の会社だ。創業から約30年間は新生児向けの人工呼吸器市場というニッチ市場で、独自の先進技術を磨いてきた。その分だけ、企業の成長は速くはなかったが、他社は持っていない独創技術の蓄積はできたようだ。市場規模がある程度大きい製品にも、今後は力を入れて、メトランを成長させる計画を練っている。

 そのためには、経営判断を素早く実行する経営体制が重要になる。現在、資本金は8750万円とあまり多くない。以前は、ベンチャーキャピタルに投資してもらった時期もあったが、現在は主に融資で賄っており、経営判断を素早く下せる体制にしている。これが、大手企業との連携や、ベトナムの子会社の事業体制などを迅速に決められるという効果をもたらしている。創業期を脱し成長期を迎えたメトランからも、日本企業は学べることが多そうだ。